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セバスチャンと私  作者: 海老茶
39/98

第39話

王家の人間とのファーストダンスは、誰が選ばれるのか。

会場の貴族の関心は、そこに集中していた。


むやみに見目が麗しいわりに、婚約者も定めないものだから、世の乙女たちが期待してしまうのも、無理からぬことだった。


もちろん、王子たちはファーストダンスの相手に、自分の意思を反映させることは出来ない。総て、王が決める。だから、貴族はこぞって王に媚びを売る。

さて、今宵(かれ)のお眼鏡に叶った幸運な令嬢は、どなただろう?


「アーサー、お前は今宵シャンクリー侯爵令嬢の相手を」

「畏まりました」

「アレクサンドル、お前はハドルストン侯爵令嬢の相手だ」

「……御意」


ハドルストン!まさか、それほど私に執着していたとは!

アレクサンドルは意外に思った。そして大変面倒なことになった、とも。


「アルフレッド、お前はマクレーン伯爵令嬢だ」

「はーい」


王子たちは、表面上感情を出さず、それぞれの役割を果たすため、ダンスホールに向かう。


三王子の中で一番気乗りしないのは、アレクサンドルだった。

ハドルストン侯爵令嬢と、どうこうするつもりなど一切無いから、気が重い。


ーーという私の感情を、正確に見抜いての人選だ


アルフレッドではないが、本当に性格が悪い。底意地が悪くて非道な仕打ちだ。

そして、嫌なことを『聞く聲(ヒアリング)』した。


『お前にソーンヒル公爵令嬢が与えられることはない』


……何故だろう。宰相閣下(マグニフィセント)に嫌われたのだろうか……


「殿下?」

「ああ、失礼した、ハドルストン嬢」

「……もし、お悩みごとがありましたら、私にお話し下さいませ」

「ありがとう。優しいな、貴女は」

「いえ…。少しでも殿下のお力になれれば、これほど嬉しいことはありません」


頰を染めて微笑むジョアンナ。その言葉は、確かに彼女の本音だった。


彼女なら、そんなことは言わない。とかく怠惰な女性だから。

ちら、と前方を眺める。アレクサンドルの目に飛び込んだのは、女神と踊るエルドレッドだった。


ーーああ……


彼女の手を取っているのが、何故私ではないのか。歯がゆい。ソーンヒル公爵令嬢のファーストダンスを勤めるのは、王族である私が相応しい!


アレクサンドルの瞳が怒りに燃える。だがそれをおくびにも出さずに、ジョアンナの相手を勤めた。





さて、苦痛に歪むアレクサンドルとは反対に、天国にいるのはエルドレッドだった。

地上の女神とのファーストダンスを独り占めできる。その喜びは、言葉で言い表せない。


「アンジェリカちゃん、ダンスも上手だね」

「貴族の嗜みですわ。ソーンリー様こそ、流石ですわね」


互いに笑みを交わして踊り合う。息の合ったダンスに、周囲からため息が漏れた。


エルドレッドはアンジェリカのかぐわしい匂いに、酩酊状態だった。

おまけに握った手の温かさ、腰の細さ、胸の柔らかさに昇天寸前である。


「エスコートの相手が気になったけど、宰相閣下(マグニフィセント)だったんだね」

「セバスの差し金ですわ」

「ああ、そう言うことか…」


これは、セバスチャンの宣戦布告だ。「お前たちにアンジェリカはやらない」という意思表明だ。


ーー恋敵(ライバル)が多いな


それほど、アンジェリカは魅力的だということ。そして僕も諦める気はさらさら無い。


ーーアンジェリカ、僕は……


君の不器用に微笑む顔が大好きだよ。

君の優しい怠惰な性格が大好きだよ。

君の被った哀れな仮面ごと大好きだよ。

だから、どうか……


「僕を選んで、アンジェリカ。ドロドロに甘やかしてあげる」

「遠慮しておきますわ」

「ふふ、着替えから食事まで、僕が面倒を見るよ?」

「……ソーンリー様、それは介護ですわ」

「いいね、年を取っても愛するよ」


そう言う事ではありませんわ、と苦笑するアンジェリカの額に、エルドレッドはキスを落とす。さらに腰を支えていた手を引き寄せて、躰を密着させた。


「ああ、アンジェリカちゃんは柔らかいね…」

「んもう!くっつき過ぎですわ!」


躰をよじって離そうともがくアンジェリカ。だが、エルドレッドの力強い腕はビクともしない。

むしろ、離れようとうごめくアンジェリカも、エルドレッドには大層刺激になる。下半身が熱い。


「……ね、アンジェリカちゃん。この曲が終わったら、少し休まない?」

「……遠慮しておきますわ」

「ふふ、そう言わず」


まずい。エルドレッドのことは嫌いではないが、既成事実に持ち込まれるのは避けたい。

だが、貴族まみれのダンスホールでは、セバスチャンの助けも得られない。


もうすぐ曲が終わる。

さてどうするか…とアンジェリカが逃れる術を探ると、美しいテノール声がかけられた。


「交代だ、エル。もう3曲踊っただろう?」

「……アレク……」


舞踏会には、それなりのルールがあった。その一つが、同じ人と4曲以上踊らない、ということ。

チッと珍しく悪態をつきながら、エルドレッドは引いた。「またね」と言って、アンジェリカへの頰にキス(マーキング)を忘れずに。


「では、アンジェリカ嬢」

「ええ、喜んで」


本来、王子と踊ることなど何としても避けたかったが、今日は心底安堵した。

ヒラヒラと妖精のように踊りながら、アンジェリカが話しかける。


「助かりましたわ、殿下」

「……?エルドレッドが、何かしたのか?」

「そう大事おおごとではありません」

「!」


『休憩室に連れ込まれそうになっただけですわ』


「……大事だよ」

「ふふ、やはり便利ですわね」


クスクスと笑うアンジェリカを見ていると、アレクサンドルの胸は高鳴りを覚える。

ーー決して、認めたくない感情だ。


「君のお役に立てて良かった」

「ええ、ありがとう存じます」


触れる指が温かい。支える腰が嫋やか。当たる胸が柔らかい。


ーーこれは、エルドレッドが理性をなくしてもおかしくない


全く、この女神は美しいだけでなく、スタイルまで完璧だ。この滑らかな肌に触れたい、と焼き切れる男のなんと多いことか!


「殿下にお願いがございます」

「おや、珍しいね。良いよ、どんなこと?」

「次は、リリアン嬢とダンスをなさって欲しいのです」

「……私の弟と踊っているけれど?」

「アルフレッド殿下とのダンス後、リリアン嬢をこちらに返して頂ければ」


『ボロが出る前に』


ーーそうか。彼女は平民だから…


本来であれば、この舞踏会に参加できる身分ではない。だが、『聖女』である以上、いずれ王家が容認し後ろ盾に入らねばならない。

そう思って、彼女をアンジェリカ嬢に託した。だから、この要請には応えねばならなかった。


「承知した」

「重ね重ね、助かりますわ」


アンジェリカはフワリと優しい笑顔をアレクサンドルに向ける。


ーー初めて見た…!


心を開いた、美しい笑顔。


『ありがとうございます、殿下』


アンジェリカの気持ちのこもった聲が聞こえる。

ああ!男とは本当に馬鹿な生き物だ!

女性の笑顔一つで、何でもやってあげたい気になるのだから!

舞い上がるアレクサンドルに冷えた声をかけたのは、リオンだった。


「殿下、3曲終わりました」

「……もう?」

「交代です」


有無を言わさず、アンジェリカの手を取るリオン。その熱を感じたのか、リオンははにかんだ笑顔をアンジェリカに向けた。


「どうぞ、よろしくお願い致します、レディ」


とスマートに手の甲へのキスを贈る。その流れるような所作に苦笑し、アレクサンドルはアンジェリカの傍を離れた。



++++++++++



アンジェリカがエルドレッドに連れ去られた後、リリアンは一人所在なく立っていた。

ヘタに声をかけられるのも、さりとて人目に付かないのも、徹底的に避けねばならない。


ーーソーンヒル様にご迷惑をかけてはダメ!絶対!


リリアンはそう強く誓って、人目につきにくく、無人ではない場所を探し始めた。


「美しいお嬢さん(レディ)、どうか私と1曲…」


青年に声をかけられるのにも気付かず、リリアンはスタスタと徘徊する。「そこの、ストロベリーブロンドのお嬢さん!」と青年が声を張り上げると、ようやくリリアンは立ち止まった。


「え……私、ですか?」

「そうです、可憐なレディ。是非、私と1曲」

「……」


え?どうするのが正解?

貴族でないリリアンには、貴族の作法がよく分からない。アンジェリカに付け焼き刃で教わったが、アンジェリカに迷惑がかからない選択はどれなんだろう?


1、青年の手を取る

2、辞退してこの場を離れる

3、逃げる(または無視する)


わ、分からない!


「ゴメンね、クレッグ伯爵子息。彼女は僕と踊るんだ」

「あ、貴方は…」


振り向くと、そこには第3王子(アルフレッド)。「し、失礼しましたー!」と青年は走り去った。


「では、リリアン嬢。お手をどうぞ」

「あ……」


差し出された手を、そのまま取ってしまった。これが正解かどうかは分からないが……


ーー王子だもの。断れないヤツよね…


やっぱりよく分からないリリアンだった。



小柄な二人がホールで踊っている姿は、大層微笑ましかった。王様(セオドリック)は、意外な面持ちで第3王子を眺めている。


「案外、ダンス上手だね」

「はあ、ありがとうございます」

「一応、褒めているんだよ?」

「はあ、ありがとうございます」


微妙な会話の二人。アルフレッドは可笑しそうにしていたが、リリアンは緊張もさることながら、こちらを小馬鹿にしたようなアルフレッドの表情が、好きではなかった。


「僕に媚びなくていいの?僕、第3王子だけど」

「はあ、知っていますけど」

「……王家に、気に入られなくてもいいの?」

「はあ、そんな必要性を感じませんが…」


正直過ぎる感想を、リリアンはもらした。あれ?不正解だったかな?と少しだけ動揺する。


「ふうん、君、面白いね(・・・・)

「いえ、全く、これっぽっちも、面白い人物ではありません」


探るようなアルフレッドの瞳に、リリアンは背中が寒くなる。

アンジェリカが王家を苦手にしている理由が、リリアンにもよぅく分かった。


「アル、時間だよ」

「あれ?アレク兄さん?女神(お気に入り)と踊っていたんじゃないの?」

「……3曲が終わったから、交代だよ」


そっか、じゃあまたね、リリアン嬢!と笑顔で去って行くアルフレッドを見て、リリアンは思った。


ーー『また』が無いといい


と。



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