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セバスチャンと私  作者: 海老茶
38/98

第38話

夜なのに、昼のように明るい場所がある。

街の歓楽街と、夜会のある大広間(ホール)


ここは、不夜城。

今宵も男女の熱が、ホールを熱く包み込んだ。



煌々と灯りがともる王城に、次々と馬車が集まった。宮廷舞踏会ともなると、我先にと貴族が集結する。

ーーそして、招待を断れない唯一の舞踏会。それが、今宵の王家主催の宮廷舞踏会であった。


誰も彼もがソワソワして、浮かれていた。それもそのはず。この国の王子三人は、いまだ婚約者もいない独身者である。

縁を結びたがる貴族でごった返し、王子三人はゲンナリした。


「……今日の舞踏会の目的は?」

「それは、兄上の婚約者探しでございましょう」

「兄上たち(・・)ですよ、アレク兄さん」


別室でホールをうかがいながら、王子三人が話し合う。


「いい加減もう決めてよ、第2王子(アーサー兄さん)。後がつかえてるんだよ?」

「……まだのんびりしていたいのだがな」

「少なくとも、本日の陛下(父上)の目論見は、兄上の婚約でしょうね」

「私は第2王子だ。順番からいけば…」

「一番年上の、アーサー兄さんだよね。はぁ、ホント、剣術バカなんだから!」


弟は相変わらず口が悪い。二人の兄は、顔を見合わせて苦笑した。

この三人は、異母兄弟である。年上の第2王子(アーサー)は、前王妃、真ん中の第1王子(アレクサンドル)は、現王妃、一番下の第3王子(アルフレッド)は、側室から産まれた。

だが、母親の意に反して、兄弟仲はとても良かった。

そして、三人とも跡継ぎにはなりたくなかった。長男は騎士でありたいし、次男は父親に利用されたくないし、三男は遊びたかった。

王様なんて稼業は、それぞれの理由で勤めたくない、大変不人気な地位だった。


「さっさと諦めて、誰かを娶って王太子になりなよ、兄さん方」

「別に、お前でも良いんじゃないか?アル。父上に似て策士だし」

「やめてよ、僕、あんなに性格悪くないよ」

「私は騎士でいたいな。アレクに任せるよ」


面倒ごとは。と心の中で言ったアーサーの言葉を、アレクサンドルはしっかり聞いた(・・・)


ーーこの国の王には、兄上(アーサー)がなるべきだ


アレクサンドルはそう思う。あの、クソ陰険でクソ狡猾な父親の次は、清涼で清廉な王様が座り、国民を浄化すべきだ。


アーサーには野心がない。

アレクサンドルは、その真っ直ぐで優しい気性に大層救われたが、謙虚も度が過ぎれば悪である。


ーー玉座を兄上の手に


アレクサンドルはそのために生きている。




わっ!と一際大きな歓声が上がった。あまりの大音量に驚いて、三兄弟はホールに移動する。


そこには、一人の女神と一人の天使がいた。


ーーアンジェリカ嬢!


なんと、なんと美しいことか!アレクサンドルの胸が高鳴る。この世の美という美をかき集めて作られた、精巧なる女神。


アレクサンドルは思わず駆けだした。次男の思わぬ行動に、王子二人が驚きの声を上げる。


「……アレク兄さんが走るって、初めて見たかも……」

「どうやら、結婚は私よりアレクの方が早そうだ」


二人の王子も、ゆっくりと輪の中に近づいて行った。





アンジェリカは父親にエスコートされ、優雅に歩き出す。その横では、長男(ノエル)にエスコートされたヴィクトリアが堂々と、やや後方で次男(ルーカス)にエスコートされたリリアンがおどおどと歩いていた。


「君はとても素敵だよ。ほら背筋を伸ばして、堂々としてごらん?」

「は、はいっ!」


リリアンは緊張しきりだ。ルーカスは隣で穏やかに微笑む。


「今日は、なるべく僕たちの傍に居た方がいい。もし出自を聞かれたら、ソーンヒルの遠縁だと言いな」

「そ、そんな!おこがましくて言えません!」

「今日だけさ。嘘だと思わず、方便だと思って誤解させときなよ」


宮廷舞踏会だからね、のぼせ上がる連中が多いから、と苦い口調で諭すルーカス。リリアンは申し訳なさそうに頷いた。



「ソーンヒル公爵家アンジェリカ嬢、並びにリリアン嬢!」


高らかに名を読み上げられ、ホールに入った。アンジェリカのデビューである。


出で立ち、振る舞い、作法から、総て一級品の姫君。

何よりもその顔立ちは、あまりに美しかった。


その場にいた全員が、感嘆のため息をもらす。

ちなみに、その筆頭がリリアンであった。


ーー尊い!


豪華絢爛な舞台に、燦々たる美しさを誇る女神。もはやここは芸術の世界だ。


「ようこそ、アンジェリカ嬢」

「……こんばんは、殿下」


完璧なお辞儀(カーテシー)で挨拶するアンジェリカ。その美しい手を公爵閣下から引き取って、アレクサンドルがエスコートする。

ふと見ると、アレクサンドルがほんのり蒸気していた。会場は、まださほど熱気に包まれていないのだが、具合でも悪いのだろうか?

それに、衆目を集めるこの場で、この状況は少しマズいのではなかろうか。


「……殿下、何をなさっておいでです?」

「……ルーカスか。今日は私の護衛はどうした?」

一般兵(・・・)は休息時間です。それより、我が妹を衆人環視の中エスコートするとは、大変な誤解を受けますよ?」

「いや、これは……」


思わずアンジェリカの手を取ったアレクサンドルだが、この行為が何を意味するか、分からない訳ではない。周囲は、アンジェリカを「第1王子の想い人」と考えるだろう。

それは、アレクサンドルの計画的にもマズいことではある。いまは、まだ己に婚約者を作るべきではないのだ。


「やあ、ノエル、ルーカス」

「こんばんは、殿下」


遅れてやってきたアーサーが、ソーンヒル兄弟に声をかける。ノエルは王子たちに一礼すると、王の護衛に戻っていった。


王子たちが集まったおかげで、アレクサンドルのエスコートはうやむやになった。安堵したような、残念なような。アレクサンドルに複雑な想いが去来する。


「あれ?貴女はどなた?」

「……遠縁の、リリアン嬢ですわ」

「初めまして、殿下」


リリアンが美しいお辞儀(カーテシー)で挨拶する。「100点」という声が小さく聞こえ、リリアンは顔を紅潮させた。


「ストロベリーブロンドがとても綺麗だね。ドレスもよく似合ってる」

「ありがとうございます」

「後で、一緒に踊ってね」


と声をかけて、アルフレッドは身を翻した。兄二人は苦笑する。


ーーアルフレッドが聖女を気に入ったかな?


よろしい、本懐である。アレクサンドルは大変に満足した。


この時、人だかりを縫って一人の男が現れた。


「ーーー!」

「……まあ、ソーンリー様」

「アンジェリカ……なんて綺麗なんだ……!」


誰にも見せたくないよ、早く僕のものになって!とエルドレッドはアンジェリカをいきなり抱きしめる。


「エル、離れて!」

「い・や・だ!」

「いやいや、君、これは痴漢行為だからね?アンジェリカ嬢から手を離しなさい」

「無理!」

「ソーンリー君、ちょっと失礼」


スッと力を入れずにアーサーが割り込むと、エルドレッドの手がすぐに離れた。常人技ではない。


「アーサー殿下……」

「ご令嬢があまりに美しいから、気持ちは分からなくないがね。節度は保ちなさい」

「……失礼しました」


騎士の最高峰であるアーサー騎士団長。彼から諭されて、エルドレッドはようやく興奮を静めた。





セオドリック国王からの開催宣言により、豪奢な宮廷舞踏会が始まった。デビュタントも多く見受けられ、中には学園で見知った者も多かった。


リリアンはどうしていいかわからず、ただアンジェリカの傍にいた。アンジェリカは舞踏会に少しも興味がないものだから、食事コーナーに入り浸っている。


「皆様殿下に集まっていますけど、ソーンヒル様は行かなくてよろしいのですか?」

「ええ。ここで美味しい食事を取って帰ればよろしいですわ」

「良いわけないよね?アンジェリカちゃん」


見つけた、こんな処にいたんだね!とエルドレッド。先ほどは遠くで女性に囲まれていたのに。なぜ見つかったのかしら?と首をかしげるアンジェリカだった。


「僕のお姫様、どうか共に踊ってください」

「貴方の姫ではありませんが」


出された手をとるアンジェリカ。安堵と喜びがないまぜになり、エルドレッドはひどく興奮した。


「リリアン嬢、アンジェリカちゃんを借りるよ」

「えー…」

「リリアン嬢、声をかけてくる男性に気を付けてくださいまし」


アンジェリカは不安げにリリアンに声をかけるも、エルドレッドの早急な足取りに、満足に忠告出来なかった。


アンジェリカが居なくなると、急に不安で一杯になるリリアン。会場の最も隅で、人目に付かない場所を探し始めた。



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