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セバスチャンと私  作者: 海老茶
37/98

第37話

あるところに、小さなお姫様がいました。


小さなお姫様は、たいそう愛らしくとても可憐でした。


小さなお姫様には、不思議な力がありました。


その力は、たいそう便利でとても有益なものでした。


小さなお姫様は、身近な大人に都合よく使われました。


小さなお姫様は、大人が自分を頼ることに、たいそう喜びを感じていました。だから、どんな時でも頑張りました。


けれど、頭の良い小さなお姫様は、いつしか自分が利用されていることに気が付きました。



ーーでも、お姫様はすでに感情を殺す術を身に付け、身についてしまった習慣は、中々消えることはありませんでした。



小さなお姫様のお兄さんは、お姫様をみて思いました。



この子は、大人に殺されたのだと。



+++++++++++



朝の惨劇(父と母)を、アンジェリカは一旦忘れることにした。

父の目論見など考えてもムダだろうし、母に至っては、(アンジェリカ)が今日の舞踏会でデビューすることなど、頭の片隅にもないだろう。

二人とも、己のために伯爵領へ来たわけではない、とアンジェリカは思っている。


身仕度をしながら、ふとアンジェリカは気が付いた。


「リリアン嬢のエスコートは、どなたが?」

それも(・・・)手配済(・・・)です、お嬢様」

「………」


何もかも先回りして、やりたい放題なセバスチャンである。彼の主人として、たしなめた方が良いだろうか?


「……私のエスコートは、ジーヴスがやってくれないかしら……?」

「現実逃避はいけません、お嬢様。とりあえず(・・・・・)公爵閣下がエスコートしてくださることは、間違いございません」

「セバスったら……余計なことを……」


大体、あの母(・・・)が、ウィリアムの出席する舞踏会に不参加、などということはあり得ない。

となれば、おのずとウィリアムはアンジェリカをエスコートしている場合ではなくなる。


「もちろんその点も、抜かりなく」


ニヤリとそれはそれは美麗な顔で笑うセバスチャン。アンジェリカの一生に一度のデビューに、半端ない気合を入れていた。


コルセットをうんと絞られ、ペチコートを着せられ、装飾品をこれでもか!と身に付け、ものすごく凝った髪型を強いられる。


ーー何の拷問か…!


とかく面倒くさがりのアンジェリカにとって、着飾ることなど、酷く心が打ちのめされる行為に等しい。

そんなアンジェリカの気鬱をよそに、アンジェリカをよそおう度、瞳がキラキラキラキラしていくメイドとセバスチャンであった。





半日以上かけて、女性たちの装いが整った。

隣室で身仕度をしていたリリアンが、アンジェリカを見て涙ぐむ。


「女神さま……っ!」


女神様が地上に降臨した!尊すぎる……!


と全身で悶えながら、アンジェリカの美しさを褒める。


「リリアン嬢も、とても綺麗ですわ。ドレスもお似合いで良かった」

「はう!女神様が私を褒めてくださった……!」


一生分のご褒美をもらった、とリリアンは思った。


「本当に…お美しいです、お嬢様。今夜のお嬢様は、会場総ての男性を虜にすることでしょう」

「まあ、今宵は口が達者ね、セバス」


俺がエスコート出来ないのが残念です、とセバスチャンは本気で歯噛みをした。血が出てる。


コンコン、と柔らかいノックが響く。入室を許可すると、背の高い美形が現れた。


「おお、これはこれは…!美の女神(ヴィーナス)もかくや、という美しさだね」

「……ルーカスお兄様!」


アンジェリカの顔がほころぶ。ルーカスはアンジェリカに近づき、挨拶(キス)を贈る。


「ご無沙汰してますわ、ルーカスお兄様。お時間は大丈夫ですの?」

「君の大切なデビューの日だ。駆けつけるのは当たり前だよ」

「ありがとう存じますわ、お兄様」


優しく微笑み合う兄妹。ソーンヒル家は、親子関係はともかく、夫婦仲と兄妹仲は他に誇れるほど良かった。


伯爵(ルーカス)様、本日は誠にありがとうございます」

「やあ、セバスチャンも元気そうでなによりだ。今日、僕がエスコートする女性はどなたかな?」

「こちらの、リリアン嬢でございます」

「り、リリアンと申します」


突如現れたダークブラウンの髪の美青年は、アンジェリカの兄であった。急いでお辞儀(カーテシー)をすると、脇で「85点」という声が聞こえた。


「これは、可憐な女性だね。今宵、貴女をエスコート出来る幸運に感謝します」

「あの、こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」


手の甲にキスを受けた。生まれて初めてだ。貴族でもない私を、ソーンヒル家は一人の「女性」として、優しく丁寧に扱ってくれる。


ーー夢のよう…


リリアンは幸せを噛みしめた。


「うーん、今日のアンジェリカは、第1王子(アレクサンドル)に見せたくないなぁ」

「私もです、ルーカス様」

女神(アンジェリカ)を見たら、惚れない男などいないよね」

「はい、私もそう思います」


ルーカスの発言に、セバスチャンとリリアンが全力で肯定する。

アンジェリカは微苦笑して言った。


「買いかぶりが過ぎますわ。身内贔屓ですわよ」

「……アンジェリカ……少しは自覚したまえ。君は本当に、ほんとーに美しくて華麗で玲瓏なんだよ」

「ルーカス様の言うとおりです。本日は、私も思うように護衛出来ませんので、自己防衛を強化してください」

「わ、私も、ソーンヒル様の防波堤になりますわ!」

「いやいや、君も十分可憐で愛らしいから、気を付けたまえよ」

「あ、ありがとうございます」


一人の女性扱いされるのは、何だか照れる。

嬉しいやらこそばいやらで、リリアンは頬を赤く染めた。


対して、肩をすくめて苦笑いするアンジェリカ。それを見て、ルーカスは呟いた。


「……これは、本気を出してアンジェリカを護らねば。野郎の格好の餌食だ」


この子の危機感のなさはどうだろう!もはや罪である。全く、ジーヴスとセバスチャンが甘やかすから、己の身を顧みなくなるのだ。


そう憤る一方で、ルーカスは安堵もする。


ーーまだ、僕がアンジェリカにしてあげられることがある



僕の小さなお姫様。

大人に利用され、大人の仮面を着けさせられ、もう取れなくなった哀れな姫。


僕が愛してあげる。

被って取れなくなった仮面ごと、君を愛しているよ。


僕の愛するお姫様。

君を傷つける総てのものから、僕が護ってあげる。


ーー僕の小さなお姫様


まずは、王家の目に留まらぬよう。王家に絡め取られぬよう、目を光らせて警戒する。

考えることは、ウィリアムのそれと完全一致していた。


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