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セバスチャンと私  作者: 海老茶
35/98

第35話

照りつける太陽の光が、とても眩しい季節。


前期最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。これにて、生徒は約3週間の休みに入る。

いつもより賑やかな廊下を、縫うようにアンジェリカは歩く。隣にはストロベリーブロンドが美しいリリアンがいた。


「ではリリアン嬢、支度が終わりましたら校門へお越し下さいまし」

「は、はい。お世話になります」


顔を赤らめて、リリアンは返事をする。そのオーラは、見事なまでに桃色だ。


ーー懐かれましたわね…


とはいえ、可愛らしい仔猫だ。悪い気はしない。小走りになるリリアンを見送って、アンジェリカは自室に向かった。



++++++++++



話し合いの結果、最初はアンジェリカの避暑地で過ごすことにした。リリアンに配慮した結果である。

おそらくは手回り品をほとんど持たないリリアンのために、アンジェリカが手配することにした。

「ますます惚れちゃうな」というエルドレッドの発言は、綺麗に無視された。


そしてもう一つ、事情があった。


「舞踏会?」

「そう。王家が主催だ。君のデビューに相応しいとは思わないかい?」


軽やかにアレクサンドルが告げた。舞踏会なぞ出たくない。まして王家に関わるなど、敬遠したいものの筆頭である。


「喜んで君をエスコートしよう」

「は?アレク、寝言は寝て言ってね。もちろん、僕がエスコートするからね、アンジェリカちゃん」

「え…そ、それなら俺だって…」


美麗な青年たちから誘われたアンジェリカだが、全く乗り気になれない。


「い…」

「いきたくない、なんて言わないでね。リリアン嬢はこの機会を逃したら、きっとデビュー出来ないよ?」

「……私とリリアン嬢に、デビューは必要かしら?」

「アンジェリカちゃん……。流石に君のデビューは必要だよ……」


エルドレッドは項垂れたが、アンジェリカは本気だった。己にデビューなど、必要だと思えない。

ーーというワケにはいかないけれど。


「舞踏会が終わったら、君の避暑地にお邪魔させてもらおう」

「エスコートは、僕に任せてね」

「お、俺だって…!」

「……はぁ……」


最近は、とかくなし崩しに決まってしまう。そう苦く思うアンジェリカであった。



++++++++++



アンジェリカは避暑地に、王都に程近い場所を選んだ。王都から馬車で1時間ほど揺られると辿り着くその場所は、都会の喧騒から逃れ、のどかな田園風景が広がるところであった。


「風がとても爽やかですね!」

「ええ」


リリアンは興奮気味に窓の外を眺めて言った。リリアンは、孤児の頃から王都を出たことがない。初めての旅行である。

車窓を見ては興奮し、アンジェリカと話しては興奮する、忙しいリリアンだった。


馬車で揺られること1時間。外門を見たアンジェリカが、リリアンに声をかけた。


「さあ、私の避暑地に着きましたわ」

「………え………?」


確かに立派な外門(おまけに護衛の兵士がたっていた)を見たが、まだまだ御屋敷は見えない。広い……いや、広すぎる庭があるだけである。

美しい花々や、温室、湖と見間違うばかりの池(ひょっとすると湖なのかもしれない)、点在する美しい東屋、広大な農園(農園!?)、馬小屋……。


ーーもしかして、学園よりも広いのでは?!


開いた口がふさがらないということを、リリアンは人生初めて体験した。


馬車で揺られること20分。ようやく大きな……大きな御屋敷が見えてきた。


ーーお城!?


リリアンが家政婦(ハウスキーパー)をしていた伯爵家よりも、数倍、いや数十倍は立派である。


ーー住む世界が違いすぎる……!


私はなんでここにいるのかしら。リリアンは完全に大混乱(パニック)状態だった。


「姫様、お帰りなさいませ」

「ジーヴス!」


馬車を降りると、待っていたのは初老の紳士。アンジェリカが珍しく駆け寄って抱きついた。


「姫様、大人になられましたね」

「もう3年も会っていなかったものね。ジーヴスは白髪が増えたわ」

「これはこれは。姫様にお会い出来る日を、一日千秋のようにお待ちしていたからですよ」

「ありがとう、ジーヴス」


満面の笑みが、アンジェリカからこぼれた。「尊い…!」と遠巻きでみていたリリアンが発憤する。

セバスチャンも苦笑する。アンジェリカを笑顔全開に出来るのは、地上でただ一人、この男(ジーヴス)だけだった。


「ジーヴス、紹介しますわ。こちら、学友のリリアン嬢です」

「は、初めまして。リリアンと申します」

「ご丁寧に痛み入ります。私は当家の家令(ステュワード)のジーヴスと申します」


背筋をピンと張り、ジーヴスは優雅にお辞儀ボウ・アンド・スクレイプをした。経験の無い挨拶に、リリアンは緊張を高める。

ていうか、目の前の紳士がハチャメチャに格好良い。


ーー流石、ソーンヒル様です!


何もかも美麗。それがソーンヒル様なのだ。


「では、ご令嬢方。御屋敷にご案内致します」


腰に響く美声で、ジーヴスは二人を先導した。





女性たちを案内し終わると、ジーヴスはセバスチャンを呼んだ。


「久しいな」

「アンタも。まだまだ健在のようだね」

くちばしがまだ青いな、セバス(くそガキ)


先ほどとはうって変わったような態度をするジーヴス。セバスチャンも口だけは余裕ぶっているが、その実、ジーヴスには頭が上がらない。


「どれ、少しは強くなったか」

「過ぎる日々は、俺にとっては成長。アンタにとっては棺桶へのカウントダウンだ」

「口だけは威勢がいいな」


言うが早いか、裏拳を飛ばすジーヴス。ギリギリでかわして、セバスチャンは距離をとった。

仕込みのナイフで斬りつけるも、ジーヴスは余裕で避けてセバスチャンの腕をとる。

すぐさま腕を捻りジーヴスから逃れ、同時に蹴りを入れる。ジーヴスはその足を指一本で跳ねのけた。


「……バケモノだな、相変わらず」

「いや、私も歳をとったよ。姫様があれほど美しくおなりになった」

「増えたのは、シワと白髪だけだな」


フッと微笑み、着座を促すジーヴス。セバスチャンは大人しくそれに従った。


「姫様の学園生活はどうか?」

「案外、愉しそうにしているよ」

「そうか、良かった…」


アンジェリカは、大人に囲まれて過ごし、大人でいることを要求された。ジーヴスの目には、抑圧された子どもに映った。

ーー3年前、本宅を出てこの伯爵領に移るため、アンジェリカの傍を離れた。アンジェリカにとって、ジーヴスは唯一子どもでいられる場所だったから、ジーヴスはずっと気懸かりだった。


ーーだが、3年振りの姫様は、女神のように麗しい


サナギが蝶にーーそれも至極美しくーー変化したのを、ジーヴスはこの目で見たのだ。

自分があと20年若かったら、何としても姫様(アンジェリカ)を娶っただろう。


ーーこれは、王家が騒ぐのも無理はない


50年ほど生きているが、アンジェリカより美しい女性にはお目にかかったことがない。

ヘタなことにならぬよう、セバスチャンに釘を差した。


「姫様を、その命かけて護れ」

「言われなくても」

「いいか、貴様(セバス)からも護るんだぞ」

「それは無理な相談だ。俺が欲しいのは、お嬢様だけだから」

「……手を出したら、殺す」

「合意なら良いだろう?」


セバスチャンにはセバスチャンなりの矜持がある。アンジェリカを最終的には手に入れるが、汚い手を使ったり、強要したりするつもりは一切ない。


ーーお嬢様から、俺を望ませる


セバスチャンは、ただそのために努力している。彼女のためだけに、生きているのだ。


「……ところで、ストロベリーブロンドの愛らしいお嬢さんはどなたかな?」

「ん?公爵閣下から、聞いていないのか?」

「ああ、彼女が」


そこから先は、まだトップシークレットだ。だが、ジーヴスも話は聞いているようなので、余計な説明はいらなかった。


「そういや確認だが、三日後の王家主催の舞踏会って、お嬢様は招待されてるか?」

「もちろん」

「……だよな……」


面倒だが、動くか。


セバスチャンは心底嫌そうにため息をついた。



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