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セバスチャンと私  作者: 海老茶
31/98

第31話

太陽の光がギラギラ照りつく夏が近づく。

聖アンドレア学園の制服が半袖になり、袖から見える二の腕が眩しい季節になった。


試験も終わり、生徒はホッと一息つく。本格的な夏が始まる頃、学園も3週間の夏休みとなる。誰も彼もが浮ついて、休み中の計画を立てていた。


さて、生徒会では、事件の犯人捜しが密やかに行われていたが、目立った進展はない。

だが、ちょっとした変化があった。


「ジョアンナ・ハドルストンです。どうぞよろしくお願い申し上げます」


しずしずと頭を下げる美しい女性は、ミリアム・ソーントンの従姉妹だった。

見事な金髪をしている。その姿をみて、エルドレッドが苦笑した。


ーーこの子が何をしたわけではないけれど


ジョアンナが生徒会室をうろついたせいで、アンジェリカがあらぬ疑惑をかけられた。エルドレッドの気分はあまり良くない。

彼女の匂い(・・)も、普通の令嬢と変わらない。打算的で、野心的で、肉欲的な匂いだった。


「皆、よろしく頼む」


にこやかにアレクサンドルが言い渡す。その姿をジョアンナはうっとりと眺め、己の立ち位置に深く満足した。


ーーやはり、殿下は素敵な方…


見目は美しく、手腕は高い。


ーーこの方の隣に相応しい女性でありたい


ジョアンナは改めて自分にそう誓う。意気高らかに、ジョアンナは生徒会の一員となった。



アレクサンドルは、『聞く聲(ヒアリング)』の能力により、ジョアンナの願望を正確に読み取っていた。

アレクサンドルにすり寄ることは、女性としてとても自然なことであり、権力者におもねることは、人間として必要なことである。


ーーこれが普通の令嬢だろう。なのに、ソーンヒル嬢ときたら…


チラリとアンジェリカを見る。アンジェリカはこちらを一顧だにしない。

アンジェリカのことを考えると、ジョアンナの生徒会入りは望ましくないのだが、やむを得ない対処である。



ジョアンナは、大変精力的に活動した。中々便利な手駒である。


「殿下、こちらは如何ですか?」

「……うん、良いね。ではこれを採用しよう」

「ありがとう存じます!」


フェリクスとジョアンナが様々な提案をする中、エルドレッドとリオンはアンジェリカの両隣を陣取り、熱心に話しかけている。


「アンジェリカちゃん、夏休みはどうするの?」

「別荘で過ごす予定ですわ」

「あ、良いな。僕もお邪魔しても良い?」

「ちょっと、エルドレッド様!何図々しいこと言ってるんですか!」


いつの間にか名前(ファーストネーム)で呼び合う仲となった男二人が、美しい(アンジェリカ)に群がる。


「……エル、この事案はどう?」

「あと寄付金の項目を足しといて」

「……了解した」


アンジェリカを口説いていても、議題の話は聞いている。エルドレッドのくせに、器用なまねを!アレクサンドルは怒るに怒れない。


「あ、アンジェリカ嬢、良かったら俺の避暑地にも来ませんか?」

「…リオン、抜け駆けなしだよ」

「いや、なり振り構っていられませんよ」


一体なぜ会議中で女性を口説くんだ、君らは!

私も混ぜろ!


「……ソーンヒル嬢はいかがかな?」

「異論ありませんわ」

「……ありがとう」


今日もアンジェリカは平常運転である。アンジェリカの発言を聞いて、ジョアンナがポカンとした表情になる。


ーーまあ、呆れたこと…


首席といっても、大したことありませんのね、とジョアンナはアンジェリカを評価した。




会議が終わり、ジョアンナはアンジェリカを見つめる。アンジェリカは、エルドレッドとリオンを両脇に置いて、二人をもてあそんでいるように見える。


ーーあんな女…!


会議もやる気がなく、今もにこやかに対応したりはしない。なのに、なぜあの女がチヤホヤともてはやされるのか。


3人の輪の中に、アレクサンドルも加わる。あまりに悔しいので、ジョアンナもその輪の中に近づいた。


「あの…ソーンヒル様。何をお話しておりますの?」

「特に、なにも」


にべも無い。今日もアンジェリカは平常運転である。

無碍な対応に、ジョアンナの顔が赤くなった。苦笑いして、アレクサンドルが話しかける。


「君たち、会議中に私語は禁止だよ」

「え~、ちゃんと聞いてたよ」

「す、すみません」


ジョアンナは、改めて二人の男性を眺めた。

エルドレッドは高貴な人に相応しい典麗な容姿である。リオンは逞しい体躯で凛々しい男性だ。それぞれに魅力的である。


「私も、お話しに混ぜて下さいまし」

「…ハドルストン嬢は、とても優秀だね。意見も資料も、素晴らしい出来だったよ」

「経済学まで把握していて、スゴいと思います」

「あ、ありがとう存じます!」


あら、分かっているじゃない!ジョアンナは嬉しくなった。


「……で、何を話していたの?」

「別に~。アンジェリカちゃんは可愛いなって話だよ」

「エル、私に嘘は通じない」

「嘘じゃないよ」


しれっと騙るエルドレッド。リオンもアンジェリカも、口出ししない。


「……夏休みの計画を話していただろう?」

「それについては、後でゆっくり話すことにしたから」

「……まあ、いつからそんな話に」


アンジェリカが、じと目でエルドレッドを睨む。「そんな顔も可愛いね」とエルドレッドはニコニコ笑う。


「じゃ、行こうか。アンジェリカちゃん」

「…ソーンリー様、手を離して下さいまし」

「エルドレッド様!」


アンジェリカを連れて、エルドレッドとリオンが外に出る。追いかけていいのか悪いのか、ジョアンナは逡巡した。


「まったく…。ハドルストン嬢、今日はお疲れ様。これで解散だ」

「は、はい」


そう言ってアレクサンドルは生徒会室に鍵をかけ、3人の後を追いかけて行く。


ーーまだ、あの輪の中には入れない…


ジョアンナは早足で急ぐアレクサンドルの後ろ姿を眺め、歯噛みした。






素敵な男性二人に手を繋がれ、アンジェリカは東屋に移動した。セバスチャンがお茶菓子を用意し始める。


「……良かった。流石について来なかったね」

「そうですね」


エルドレッドとリオンは、ハドルストン嬢を警戒した。彼女の狙いはアレクサンドルだから、大いに犠牲になってもらおう。


「優秀な方でしたわね」

「1年生の中で、人気のある人らしいですよ」

「リオン君も知っているんだ」

「興味はありませんけど」


肩をすくめて、リオンが言う。リオンに心を読む能力はないが、あからさまに野心的な態度だった。

アンジェリカと足して割ったら、丁度良いかもしれない。


「さて、夏休みの話をしようか」

「アンジェリカ嬢、ぜひ我が家の避暑地に来て下さい」

「リオン君の避暑地って?」

「レクサムです」

「まあ!」


アンジェリカの瞳が輝いた。レクサムと言えば、かの英雄が管理する領地。そして、有名な鉱山がある。

アンジェリカの数少ない関心の中に、鉱石採集があった。


「素敵ですわ、ガスコイン様。本当にお邪魔してもよろしいの?」

「もちろんです!喜んで!」

「リオン君、当然僕も招待してくれるよね?」

「……稽古をつけてくれる約束をして下さるなら」


オーケー、それでいいよとエルドレッドは妥協した。

リオンは大満足だった。まさか、レクサム領がアンジェリカの関心を誘うなんて!

やはり、切り札は有効活用しようと改めて考えた。


「アンジェリカちゃんの別荘にも行きたいな」

「ーー何が目的ですの?」

「アンジェリカちゃんたら~。好きな子の傍にいたいのは、当然でしょ?」

「では、別荘に来なくとも、ガスコイン様の避暑地でご一緒しますわ」

「……もちろん、アンジェリカちゃんの傍にいたいのが一番だよ。でも、出来ればね、ちょっとだけでいいからね、その…宰相閣下(マグニフィセント)にお目にかかれたらな~なんて…」

「父に?」


そういえば、彼は父を尊敬している節があった。あの(・・)父に、会いたいというの?


ーー知らないって、怖いわね…


思わずセバスチャンと顔を見合わせたアンジェリカであった。


「あの、出来れば俺も…アンジェリカ嬢と共に過ごしたいです」

「ガスコイン様まで」

「もちろん私も誘ってくれるよね?ソーンヒル嬢」


突如現れた姿に、驚く3人。ああ、やっぱりか……という声は、漏れ出なくてもアレクサンドルには露見し(バレ)ている。


「君たちは、私を一体何だと思っているんだ?」

「「「魔王様」」」

「……酷いな……」


媚びない様子が新鮮ではあったが、流石にこれは酷い。王子を王子とも思わない態度だなんて。魔王扱いされるほど、悪いことはしていないはずだ。


「代わりに、王家の別荘にも招待しよう」


え、行きたくない、とアンジェリカは目で語る。もちろん、アレクサンドルはそれを読み取るが、アンジェリカが『聞く聲(ヒアリング)』を便利な道具として扱うことに苦笑する。


「……そう言わず。風光明媚な美しい避暑地だよ」

「じゃ、リオン君とアンジェリカちゃんとアレクの別荘地を1週間おきに廻るってことで良いかな?」


いいわけない!とアンジェリカは言いたいが、有無を言わせないこの状況で、頷くほかはなかった。


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