第30話
しん…と静まり返った臨時生徒会室で、男女が立ち尽くす。
ふぅ、とアレクサンドルが吐いた息の音が、大きく響いた。
「残念ながら、これで終わりでは無いよ。ねぇ、フェルトン嬢」
「ヒィッ!」
涙目になりながら、メリッサが悲鳴を上げる。全身を震わせ、立っているのがやっとだ。
「君が、ソーントン嬢を手引きしたんだね」
「え…!」
フェリクスが驚きの声を上げた。まさか、身内が!それに、最初にソーンヒル嬢を犯人扱いしたのは…メリッサではなかったか。
徐々にフェリクスに怒りがこみ上げる。
「て、て、手引きなど!た、ただ…私は、私は…!」
「君は?」
「……ソーントン様に生徒会室の鍵を…お貸ししました。そ、それだけなのです!私は、ソーントン公爵家に連なる一族ですから…逆らえなく、て」
「逆らえなくて、ね」
とうとう泣き出したメリッサに、呆れた声を掛けたのは、エルドレッドだった。逆らえないから、鍵を渡しただなんて。
ーーそれが言い訳になるか!
「あのね、君が鍵を渡さなかったら、この事件は起こらなかったかもしれないんだよ?」
「……あ……」
「ソーントン嬢だって、こんな扱いを受けずにすんだかもしれない。ーーそれなのに…」
「ヒィッ!」
「君は、人のせいにした挙げ句、アンジェリカちゃんを犯人にしようとしたね…」
エルドレッドの海のような瞳が、怒りに燃える。メリッサは、「あ…あ…」と嗚咽を漏らして脱力した。
エルドレッドは、なおも冷たい瞳を向ける。
「……まあ、彼女は本当に鍵を渡しただけなんだろう」
「僕は、そういうのが一番腹立たしいよ」
「火種とはそういうものさ。些細なことが大事に発展していく」
「……火は、元から消した方が安心だよ?」
「冷静になりたまえよ、エル」
普段温厚なヤツが怒ると怖い、を体現したような人だとリオンは思った。
「無罪放免、というワケにはいかないが、流石に大きな罰は与えられない。フェルトン嬢、君を生徒会から外す。君への罰はそれだけだが、エルドレッドの怒りを忘れてはいけないよ」
「……はい。ご温情、ありがとうございます……」
「フェリクス。申し訳ないが、フェルトン嬢を寮に送り届けてくれ」
「……畏まりました」
フェリクスは何か言いたいことがありそうだったが、アレクサンドルの依頼を優先した。
こうして、もう一人退場となった。
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これで、役者はそろった。
アレクサンドルは一同を見渡す。エルドレッドを筆頭に、アンジェリカ、リオン、そしておまけのセバスチャンである。
本来、セバスチャンには聞かせたくない話である。だが、彼ほどの遮断魔法の使い手はいないし、アンジェリカが話せばどのみち同じことだ。
他者に聞かれることと、セバスチャンに聞かれることとの天秤を測った結果であった。
「今回の事件は、中々複雑でね」
そう話を切り出して、一同を着座させる。セバスチャンは長くなりそうな話に、飲み物の準備を始めた。
「実は、まだ解決していない。諸君は目撃者の数を覚えているだろうか?」
「あの場で名乗り出たのは、3人です」
素直にリオンが答える。
「あれね、実はそれぞれ別人だったんだ。金髪1人目は、ソーントン嬢。これは、アンジェリカちゃんを犯人に仕立てるための工作だよ」
「もう1人は、最近生徒会室に近づいてきた女性。彼女は地毛が金髪だ。これは多分偶然だった可能性が高い」
ーー多少の思惑はあったと思うけど。
「3人目。コイツが困ったことをしてくれた。金髪は地毛かカツラかは分からないが、たまたま目撃してくれて助かった」
「生徒会室がヒドく荒らされてたでしょ?あれね、半分はこの犯人のせい」
「皆の力を借りたい。ーー聖女の情報が、根こそぎ奪われた」
アレクサンドルの発言に、息をのむアンジェリカと、まだ理解していないリオン。『聖女』は、知る人ぞ知る存在である。
「あの…。聖女って何ですか?」
「聖女とは、光魔法の上位ーー聖魔法の使い手のことだ。この世で聖属性のみが、傷や病気を魔法で治せる」
「そんな奇跡の魔法が…」
「そう。だからこそ、聖魔法の使い手は滅多には現れない。今回の出現は、100年ぶりだと聞く」
リオンは驚いたが、同時に理解した。そんな奇跡の存在がこの学園にいて、その情報が漏れたということなのだ。
ーー聖魔法があれば…
戦争が有利に働く。聖魔法は治癒だけではなく、防御や武器の修理にも応用がきく。
兵士が死なないのだ。
聖女を得た者が、勝利を勝ち取る。
それは、戦乱の火種だ。
「でも、たった一日で、何故これほどの謎を解けるんですか?」
リオンの疑問は、至極最もである。それは、アレクサンドルが打ち明ける良いタイミングとなった。
「それは、我々の持つ特殊能力のせいだ」
「僕はね、匂いで人が特定出来るんだよ。それでソーントン嬢の犯行と、それ以外の知らない人の犯行だと気付いたんだ~」
得意気にエルドレッドが言う。
リオンは思った。
ーーそれは、犬であると。
「殿下も、なんですね」
「……ああ。私は、私に対する感情を聞くことが出来る。心を読む、ってやつかな。自分に対する、という限定であるけれど」
「アレクの能力、怖いよね~。アレクの前では、丸裸と同じだもん」
「……まあ、この能力のおかげで、フェルトン嬢の幇助が判明した」
「なるほど…」
リオンにとっては驚愕の事実だが、嬉しくもあった。何故なら、彼も同類だからだ。
ふと横を見ると、いつものように優雅に紅茶を飲むアンジェリカの姿があった。
「……アンジェリカ嬢は、驚かないんですね」
「アンジェリカちゃんは、薄々勘づいていたもんね」
「……そうですわね……」
「それだけではないだろう、ソーンヒル嬢。君も、能力者だろう?」
「えっ!?」
リオンが驚きの声を上げた。だって……まさか……そんなことが……!
「……誤魔化しても仕方ありませんわね。ええ、私も特殊な能力がありますわ」
「やっぱり!」
嬉しそうに笑い、アンジェリカの隣に移動するエルドレッド。「僕たち、運命的だよね」「違いますわ」と応酬している。
それを牽制しながら、リオンが問う。
「アンジェリカ嬢の能力って、何ですか?」
「……私は、私に対する感情のオーラが見えます。私はこれを『瞳』と呼んでいますわ」
「素敵だね。僕の嗅覚とお揃いだ」
「違いますわ。どちらかというと、殿下に近い能力ですわね。殿下ほど役には立ちませんが」
「ああ、なるほど。基本、自己防衛くらいにしかならないからね、私たちの能力は」
アンジェリカが頷く。リオンはその美しい横顔を見て、迷う。
ーー己の能力を教えるべきか、否か。
「私の能力は『聞く聲』と呼んでいる」
「『目』、『鼻』、『耳』……。これってもしかして五感ですか?」
「鋭いな、ガスコイン君。確かに類似しているな。すると、あと二人存在するのか…」
「……はい。きっとそうだと思います。俺の能力は『接触』です。触ると、その感情の熱を読み取ります」
「「「え……!」」」
意を決してリオンが話すと、三人は驚いて一斉にリオンを見つめる。
セバスチャンも思わず食器の音を立てた。
ーーなんとまあ…
ここに、特殊能力者が四人もいる。
ものすごい場面に遭遇したものだ、とセバスチャンは苦笑した。
「リオン君まで!はぁ~これってもう運命だね!」
「一体何の運命か説明が欲しいところだね。エルはもっと理論的に考えてくれ」
「なんか、こう、名探偵的な?正義の味方的な?」
「そんな面倒なこと、御免被りますわ」
呆れたようにアンジェリカが言った。心底嫌そうだ。
「エルの発言はともかく、情報流出については、可及的速やかに解決したい。それと、聖女の見守りも併せて協力をお願いしたい」
「聖女って誰です?」
「1年のリリアン嬢だ」
え?そんな近くにいたの?と目を丸くするリオン。今日のリオンは、気の毒なくらい驚愕してばかりだ。
わかりました、と1年生組は告げた。
「いっそ、リリアン嬢を生徒会に入れたら?」
「それは避けたい。彼女の存在は、出来るだけ秘匿しておきたい。ただでさえ、平民出身でSクラスという、目立った女性なのだから」
「………」
「ダメだよ、ソーンヒル嬢」
「あら、意外に便利な能力ですわね」
「……遊ばないで欲しいな……」
「え、ちょっと!二人で意思疎通とか、やめてよね!」
エルドレッドが窘める。
「一体なんなの?」と聞くと、アレクサンドルが「ソーンヒル嬢は、『自分の代わりにリリアン嬢を生徒会に置け』と言ったのさ。……心でね」と答える。
ーー私の能力を、『意外に便利』と言うなんて。……嫌悪しないなんて、少し驚いた。
アレクサンドルは口元がほころぶのを、自覚した。