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セバスチャンと私  作者: 海老茶
30/98

第30話

しん…と静まり返った臨時生徒会室で、男女が立ち尽くす。


ふぅ、とアレクサンドルが吐いた息の音が、大きく響いた。


「残念ながら、これで終わりでは無いよ。ねぇ、フェルトン嬢」

「ヒィッ!」


涙目になりながら、メリッサが悲鳴を上げる。全身を震わせ、立っているのがやっとだ。


「君が、ソーントン嬢を手引きしたんだね」

「え…!」


フェリクスが驚きの声を上げた。まさか、身内が!それに、最初にソーンヒル嬢を犯人扱いしたのは…メリッサではなかったか。

徐々にフェリクスに怒りがこみ上げる。


「て、て、手引きなど!た、ただ…私は、私は…!」

「君は?」

「……ソーントン様に生徒会室の鍵を…お貸ししました。そ、それだけなのです!私は、ソーントン公爵家に連なる一族ですから…逆らえなく、て」

「逆らえなくて、ね」


とうとう泣き出したメリッサに、呆れた声を掛けたのは、エルドレッドだった。逆らえないから、鍵を渡しただなんて。


ーーそれが言い訳になるか!


「あのね、君が鍵を渡さなかったら、この事件は起こらなかったかもしれないんだよ?」

「……あ……」

「ソーントン嬢だって、こんな扱いを受けずにすんだかもしれない。ーーそれなのに…」

「ヒィッ!」

「君は、人のせいにした挙げ句、アンジェリカちゃんを犯人にしようとしたね…」


エルドレッドの海のような瞳が、怒りに燃える。メリッサは、「あ…あ…」と嗚咽を漏らして脱力した。

エルドレッドは、なおも冷たい瞳を向ける。


「……まあ、彼女は本当に鍵を渡しただけなんだろう」

「僕は、そういうのが一番腹立たしいよ」

「火種とはそういうものさ。些細なことが大事に発展していく」

「……火は、元から消した方が安心だよ?」

「冷静になりたまえよ、エル」


普段温厚なヤツが怒ると怖い、を体現したような人だとリオンは思った。


「無罪放免、というワケにはいかないが、流石に大きな罰は与えられない。フェルトン嬢、君を生徒会から外す。君への罰はそれだけだが、エルドレッドの怒りを忘れてはいけないよ」

「……はい。ご温情、ありがとうございます……」

「フェリクス。申し訳ないが、フェルトン嬢を寮に送り届けてくれ」

「……畏まりました」


フェリクスは何か言いたいことがありそうだったが、アレクサンドルの依頼を優先した。

こうして、もう一人退場となった。



++++++++++



これで、役者はそろった。


アレクサンドルは一同を見渡す。エルドレッドを筆頭に、アンジェリカ、リオン、そしておまけのセバスチャンである。

本来、セバスチャンには聞かせたくない話である。だが、彼ほどの遮断魔法の使い手はいないし、アンジェリカが話せばどのみち同じことだ。

他者に聞かれることと、セバスチャンに聞かれることとの天秤を測った結果であった。


「今回の事件は、中々複雑でね」


そう話を切り出して、一同を着座させる。セバスチャンは長くなりそうな話に、飲み物の準備を始めた。


「実は、まだ解決していない。諸君は目撃者の数を覚えているだろうか?」

「あの場で名乗り出たのは、3人です」


素直にリオンが答える。


「あれね、実はそれぞれ別人(・・・・・・)だったんだ。金髪1人目は、ソーントン嬢。これは、アンジェリカちゃんを犯人に仕立てるための工作だよ」

「もう1人は、最近生徒会室に近づいてきた女性。彼女は地毛が金髪だ。これは多分偶然だった可能性が高い」


ーー多少の思惑はあったと思うけど。


「3人目。コイツが困ったことをしてくれた。金髪は地毛かカツラかは分からないが、たまたま目撃してくれて助かった」

「生徒会室がヒドく荒らされてたでしょ?あれね、半分はこの犯人のせい」

「皆の力を借りたい。ーー聖女(セイクリッド)の情報が、根こそぎ奪われた」


アレクサンドルの発言に、息をのむアンジェリカと、まだ理解していないリオン。『聖女』は、知る人ぞ知る存在である。


「あの…。聖女(セイクリッド)って何ですか?」

「聖女とは、光魔法の上位ーー聖魔法の使い手のことだ。この世で聖属性のみが、傷や病気を魔法で治せる」

「そんな奇跡の魔法が…」

「そう。だからこそ、聖魔法の使い手は滅多には現れない。今回の出現は、100年ぶりだと聞く」


リオンは驚いたが、同時に理解した。そんな奇跡の存在がこの学園にいて、その情報が漏れたということなのだ。


ーー聖魔法があれば…


戦争が有利に働く。聖魔法は治癒だけではなく、防御や武器の修理にも応用がきく。

兵士が死なない(・・・・・・・)のだ。


聖女を得た者が、勝利を勝ち取る。

それは、戦乱の火種だ。


「でも、たった一日で、何故これほどの謎を解けるんですか?」


リオンの疑問は、至極最もである。それは、アレクサンドルが打ち明ける良いタイミングとなった。


「それは、我々の持つ特殊能力のせいだ」

「僕はね、匂いで人が特定出来るんだよ。それでソーントン嬢の犯行と、それ以外の知らない人の犯行だと気付いたんだ~」


得意気にエルドレッドが言う。

リオンは思った。


ーーそれは、犬であると。


「殿下も、なんですね」

「……ああ。私は、私に対する感情を聞くことが出来る。心を読む、ってやつかな。自分に対する、という限定であるけれど」

「アレクの能力、怖いよね~。アレクの前では、丸裸と同じだもん」

「……まあ、この能力のおかげで、フェルトン嬢の幇助が判明した」

「なるほど…」


リオンにとっては驚愕の事実だが、嬉しくもあった。何故なら、彼も同類だからだ。

ふと横を見ると、いつものように優雅に紅茶を飲むアンジェリカの姿があった。


「……アンジェリカ嬢は、驚かないんですね」

「アンジェリカちゃんは、薄々勘づいていたもんね」

「……そうですわね……」

「それだけではないだろう、ソーンヒル嬢。君も、(・・・)能力者だろう(・・・・・・)?」

「えっ!?」


リオンが驚きの声を上げた。だって……まさか……そんなことが……!


「……誤魔化しても仕方ありませんわね。ええ、私も特殊な能力がありますわ」

「やっぱり!」


嬉しそうに笑い、アンジェリカの隣に移動するエルドレッド。「僕たち、運命的だよね」「違いますわ」と応酬している。

それを牽制しながら、リオンが問う。


「アンジェリカ嬢の能力って、何ですか?」

「……私は、私に対する感情のオーラが見えます。私はこれを『(サイト)』と呼んでいますわ」

「素敵だね。僕の嗅覚(スメル)とお揃いだ」

「違いますわ。どちらかというと、殿下に近い能力ですわね。殿下ほど役には立ちませんが」

「ああ、なるほど。基本、自己防衛くらいにしかならないからね、私たちの能力は」


アンジェリカが頷く。リオンはその美しい横顔を見て、迷う。

ーー己の能力を教えるべきか、否か。


「私の能力は『聞く聲(ヒアリング)』と呼んでいる」

「『目』、『鼻』、『耳』……。これってもしかして五感ですか?」

「鋭いな、ガスコイン君。確かに類似しているな。すると、あと二人存在するのか…」

「……はい。きっとそうだと思います。俺の能力は『接触(タッチ)』です。触ると、その感情の熱を読み取ります」

「「「え……!」」」


意を決してリオンが話すと、三人は驚いて一斉にリオンを見つめる。

セバスチャンも思わず食器の音を立てた。


ーーなんとまあ…


ここに、特殊能力者が四人もいる。

ものすごい場面に遭遇したものだ、とセバスチャンは苦笑した。


「リオン君まで!はぁ~これってもう運命だね!」

「一体何の運命か説明が欲しいところだね。エルはもっと理論的に考えてくれ」

「なんか、こう、名探偵的な?正義の味方的な?」

「そんな面倒なこと、御免被りますわ」


呆れたようにアンジェリカが言った。心底嫌そうだ。


「エルの発言はともかく、情報流出(このこと)については、可及的速やかに解決したい。それと、聖女の見守りも併せて協力をお願いしたい」

「聖女って誰です?」

「1年のリリアン嬢だ」


え?そんな近くにいたの?と目を丸くするリオン。今日のリオンは、気の毒なくらい驚愕してばかりだ。


わかりました、と1年生組は告げた。


「いっそ、リリアン嬢を生徒会に入れたら?」

「それは避けたい。彼女の存在は、出来るだけ秘匿しておきたい。ただでさえ、平民出身でSクラスという、目立った女性なのだから」

「………」

「ダメだよ、ソーンヒル嬢」

「あら、意外に便利な能力ですわね」

「……遊ばないで欲しいな……」

「え、ちょっと!二人で意思疎通(テレパシー)とか、やめてよね!」


エルドレッドが窘める。

「一体なんなの?」と聞くと、アレクサンドルが「ソーンヒル嬢は、『自分の代わりにリリアン嬢を生徒会に置け』と言ったのさ。……心でね」と答える。



ーー私の能力を、『意外に便利』と言うなんて。……嫌悪しないなんて、少し驚いた。


アレクサンドルは口元がほころぶのを、自覚した。



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