第29話
生徒会室を片付けて、一旦解散となった。
アンジェリカは特にすることもないので、セバスチャンとともに寮に帰る。
明日には、学園中に事件が広まるだろう。犯人の目的は、何だろうか。
「今回の事件、お嬢様は、どうお考えですか?」
「そうね…」
夕食をペロリと平らげ、相変わらず極上の美味の紅茶に舌鼓をうちながら、アンジェリカが答えた。
「狙いは、私ではないでしょうね」
「何故?お嬢様は犯人扱いされたのですよ?」
「私を本気で陥れるのでしたら、この程度では温いですわ。それに…」
「それに?」
「部屋の荒らし方が、深い怨恨を思わせましたわ」
机や椅子が切り刻まれていた。花瓶や絵画なども破壊されている。生徒会室の調度品は、無残な状態だった。
「……お嬢様への恨みでは?」
「さあ、それは分かりませんわね」
「呑気なものですね」
「ふふ」
不貞腐れたようなセバスチャンの物言いに、アンジェリカは笑みをこぼした。
「何があっても、私には貴方がいますもの。怖いことなんかないでしょう?」
「お嬢様……」
そうだ。この人が無鉄砲なのは、性格によるものではなく、俺がいるからだ。
初めて会った日から、8年。
あの日の誓いは、鎖のように巻き付いてがんじがらめにする。
ーー誰を?
ーー誰ががんじがらめなの?
『セバス、あなたは私の金色の鳥』
美しい姫が、僕に名前をくれた。
美しい姫が、僕に役割をくれた。
美しい姫が、僕に信愛をくれた。
アンジェリカ。
貴女は俺の総て。
「御意、私の女王」
私の女王の手に口づけを落とす。
アンジェリカは満足そうに微笑んだ。
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アンジェリカとセバスチャンが主従愛を確認する一方で、今回の事件を真剣に、そして深刻に考えている人たちがいた。
「さて、どうしたものかな」
アレクサンドルが長く美しい指で、机を2度叩く。エルドレッドは小首をかしげて聞いた。
「何を迷っているの?」
「決まってる、聖女のことさ」
「ああ…」
先の生徒会室荒らし。アレクサンドルとエルドレッドの特殊能力で、幾つかのことは把握した。
犯人を特定し、断罪すれば終わると思っていたが、事は簡単には運ばなかった。
「まさか、複数いるとはね」
「聖女の件は、アンジェリカとリオンも頼ろう」
「……それは、出来れば避けたい」
エルドレッドはすでに能力のことをアンジェリカに話したが、アレクサンドルとしては、己の能力を出来るだけ隠したい。
ーー薄々は露見してるけれど
言明は避けたかった。
「じゃ、もう一つの犯人はどうするの?」
「それについては、キチンと対応するよ」
「罪深い男だね」
「否定はしない」
ニヤリと悪そうに笑うアレクサンドル。この男を見て、傍に侍りたがる女性たちの気持ちが分からない。
ーーアンジェリカちゃんは、アレクサンドルを徹底的に怖がっているからな~
アンジェリカは、アレクサンドルの本質を見ているのだろう。そんなところも、エルドレッドには好ましい。
「彼女、小さい頃から君を好きだったんだろ?少し優しくしてあげたら?」
「優しく接した結果が、これだからね。同情はしない」
「こっわ!」
身震いして、エルドレッドが引きつる。「ソーントン公爵の怒りをかうよ」と窘めると、
「私に考えがある。その点は大丈夫だ。むしろ、娘の不始末をこの程度で済ませるんだ。私に感謝してほしいくらいさ」
「こっわ!」
やっぱり怖い。長年付き合っているが、それでも怖い。魔王のお嫁さんになる人って、スゴいな、とエルドレッドは思う。
それが、願わくばアンジェリカじゃないと良い。
「……聖女の件は、緊急に対処したいところだ。エル、犯人は?」
「匂いなんて、微かだよ。知らない匂いだから、複数だと気づいたくらい」
「君は、犬より役に立つな」
「はいはい」
ため息をついて、エルドレッドが苦笑する。素直に褒めてもバチは当たらないだろうに。
素直なアレクサンドルを想像して、エルドレッドは「気持ち悪い」と思ったから、言うのをやめた。
「その犬から提案。この件には、アンジェリカちゃんとリオンの手助けが必要だ」
「何故そんなにこだわる?」
「カン」
「……君のカンは当たるからな……」
では、君の提案に乗ろう、とアレクサンドルは決断した。
一夜明け、予想通り生徒会室荒らしの件は、学園中に広まっていた。
学園は生徒会室を厳重に封印し、臨時的に別の部屋に生徒会室を設けた。
とはいえ、教師たちはこの件の解決を第1王子に丸投げ……一任し、事態の収拾はアレクサンドルの胸先三寸である。
アレクサンドルは、臨時生徒会室に生徒会メンバーを呼び出した。
「さて、まずは諸君にこの事件の犯人を紹介しよう。ーーいや、その前に。執事殿、この部屋と隣室に遮断魔法をお願いしたい」
「ーー畏まりました」
セバスチャンは素直に応じて、遮断魔法を唱えた。これで、堂々と参加できる。
「ありがとう、執事殿。では、エルドレッド、こちらへ」
「了解」
エルドレッドが連れて来た女性を見て、メリッサが悲鳴を上げた。
「ミリアム様っ!」
「………」
ミリアムはメリッサをチラリと見て、すぐにアレクサンドルを睨む。
「殿下、これは何事ですの?」
「生徒会室を荒らした人物への、事情聴取だよ」
「犯人は、あそこにおりますソーンヒル様なのでしょう?何故私が呼ばれましたの?」
「おやおや、しらばくれないで欲しいな」
アレクサンドルがミリアムに近づいて、言い逃れさせない強さで問いかける。
「私に嘘は通用しない。ソーントン嬢、何故このようなことを?」
「……貴方が、それを言うんですの……?」
「何を以てしても、この行為が正当化されたりはしない」
「……貴方は……」
ミリアムはホロホロ泣き出す。そして叫び出す。
「私は!貴方を!貴方だけを幼少の頃から見つめてきたのに!」
「………」
「貴方だけを……愛してきたのに……」
「愛した結果が、この狼藉かい?」
冷ややかな声と視線で、アレクサンドルが言う。愛が裏切られたから、憎しみに変わって、暴行をはたらく。こんなこと、正当化されはしない。
「貴方は、私の愛を踏みにじった。ソーンヒル様をお傍につかせ、ジョアンナを気に入った。ジョアンナは、私の従姉妹ですのに!」
大変な誤解ですわ。私が、いつ、どこで、殿下の傍にいたというのです!
ーーと、アンジェリカは声を大にして言いたい。
「私の何が悪かったというのです?貴方の妻となるため、努力を続けてきました。なのに、謹慎処分の上、殿下への接近禁止だなんて、あんまりですわ!」
「私は王子だ。妃には、高い教養と慈愛を要求したい。君は、リリアン嬢に何をした?妃になる徳など、君にはない」
「いいえ、いいえ!」
「それでも、幼少からの付き合いだから、謹慎処分のみにとどめたのだが……。どうやら私は甘かったようだ」
魔王のように冷酷な言い回しに、ミリアムの神経が焼き切れる。
「殿下、何故私をお選びになりませんの!?貴方に相応しいのは、この私!ソーンヒルもジョアンナも、私の前では塵に等しいのに!私を選ばない貴方が憎い!」
「……その自尊心の高さには、ほとほと感心するよ」
「貴方なんて、顔が良いだけの無感情な王子ですわ!不気味で性格破綻のアレクサンドル!貴方を理解出来るのは、私だけですのよ!」
「やれやれ、ヒドイ言われようだ」
アレクサンドルは苦笑する。けれど、否定はしない。
ーー無感情な王子。
そう、その通りだ。
「不敬罪に、器物破損。不法侵入に婦女暴行幇助。さて、何犯になるかな。法の裁きを受けたまえ、ソーントン嬢」
「この、人でなし!」
「さようなら、ソーントン嬢。貴女の父上も無事で済むと思わないでね?」
「この、悪魔ぁぁ……!」
アレクサンドルは待たせて置いた兵士に、ミリアムを引き渡した。犯人の退場である。
何を言われても、アレクサンドルの心に爪を立てることは出来ない。
それでも、並び立てられた悪口に、アレクサンドルはウンザリした。