第27話
陽当たりの良い東屋で、数名の令嬢方が話している。
真ん中に座る美しい少女が、このお茶会の主催者だった。
「ソーントン様のお話、聞きまして?」
「1ヶ月の謹慎処分ですって」
「まあ!一体どうして…」
少女たちは、姦しく学園内の出来事を噂しあう。貴族の令嬢は、噂話を収集することこそが、本職といえるかもしれない。アンテナを高く張り巡らせ、有事に備えるのだ。
もう一つ。ひどく重要な使命を帯びている。それは、己の伴侶を決めることである。
学園に通う貴族の子弟のうち、より良い物件を探し、結婚の約束を取り付けなければならない。
学園そのものが、貴族にとっては集団見合いそのものなのである。
「でもこれで、殿下のお側につける機会が私たちにも与えられましたわね」
「その通りですわ!」
「殿下も素敵ですけれど、エルドレッド・ソーンリー様も美麗でいらっしゃいますわ…」
「見目だけなら、パトリック・コーンウェル様も美しいですわ」
「あら、彼にはご婚約者がいらしてよ」
「最近は、リオン・ガスコイン様も凛々しくてよ」
「でも私はやはり…」
キャッキャと楽しそうに話す乙女たち。純粋な気持ちの少女は、果たしてどれ程いるのだろうか。
お茶会の主催者であるご令嬢は、もちろん不純な動機で一杯だった。
ーー女に生まれたからには、最高峰を目指すべきですわ…!
傍目には、雪のように肌が白く美しい、嫋やかな女性にしか見えない。
が、この令嬢ーージョアンナ・ハドルストンは大変な野望を持つ少女であった。
「皆様のようなお美しい方であれば、きっと良縁に恵まれますわね」
「まあ、そんな!ハドルストン様こそ、私たち1年生の光ではごさいませんか!」
「本当に。美しさだけでも群を抜いていらっしゃるのに、勉学もそれはそれは優秀でございますから」
「羨ましいですわ…」
ほう…とため息をもらす。ご令嬢方に口々に褒めたたえられ、ジョアンナも悪い気はしない。
ジョアンナは、ミリアム・ソーントンの従姉妹だ。本家に遠慮していたが、ジョアンナの身分は、侯爵。ソーントン公爵の弟という大貴族なのだ。
ーーミリアムが失敗したから、もう遠慮はいりませんわね
ミリアムが何をしたか知らないが、彼女は謹慎だけではなく、殿下への接近禁止令も言い渡されていた。
私こそが、殿下に相応しい。ジョアンナはそう思っている。
「1年には、ソーンヒル様もいらっしゃいますものね。華やかな学年で嬉しゅうございますわ」
「そうですわね」
「ソーンヒル」という単語に、ジョアンナの肩が揺れる。
アンジェリカ・ソーンヒル。身分は確かにジョアンナよりも上だ。
ーーけれど、美しさは私の勝ちね
ジョアンナは譲らない。だが残念なことに、アンジェリカは首席なのである。勉学も一歩譲ったことが、ジョアンナは悔しくてならない。
ーーという気持ちをおくびにも出さず、ジョアンナはアンジェリカを褒めたたえる。
「ソーンヒル様は、首席ですものね。あの美しさも相まって、憧れてしまいますわ」
「本当に!」
「ハドルストン様とソーンヒル様は、崇高の女神ですわ…!」
崇高の女神は、一人で十分ですわ、という言葉飲み込んで、ジョアンナはニッコリ微笑んだ。
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この国の第1王子であるアレクサンドルは、その身分の高さは言うまでもなく、その見目の麗しさでも、世の女性を虜にしていた。
本人は、身分と顔に群がる女性など一顧だにしないが、それでも令嬢たちは甲斐甲斐しく寄りついてくる。
ーーどうしたものかしらね…
ミリアムのように、積極的に側に近づくことを、王子は好まない。かと言って、彼の視界に入らなければ意味が無い。
今日も今日とて、王子の身辺は女性がいる。あの取り巻きの一人になっても、アレクサンドルに見初められたりはしないだろう。
ーーどうしましょうかしら…
焦らない。焦りは禁物だと言い聞かせて、ジョアンナは雌伏の時を待った。
案外早く、その機会は訪れた。
調べ物をするため、また自己研鑽のため、ジョアンナは単身で図書館にいた。
ジョアンナは図書館が好きだった。先人達の知恵が、ここにたくさん眠っている。ジョアンナは学ぶことに喜びを感じ、だからこそ、ただ結婚するのを由としなかった。
ーー今日は、経済学の本を借りましょう
と経済学のコーナーに来たのは良いが、お目当ての本が届かない場所にある。
背伸びをすれば、何とか…!と手を伸ばすジョアンナの背後で、誰かが本をとった。
「欲しい本はこれかな?」
テノールの良い声で、そう言われる。「ありがとう存じます」と振り向くと、麗人が微笑んでいた。
「経済学かい?中々面白い選択だね」
「え…ええ。父の役に立てれば、と…」
「ふうん。良い心掛けだね。これもオススメだよ」
と言って、本をもう一冊渡された。こちらは経営学だ。
「ありがとう存じます、殿下」
「頑張ってね」
手をヒラヒラさせて、アレクサンドルは去って行った。ジョアンナはその姿を、呆然と眺める。
ーーこれって、好印象だったのではないかしら!
この本のお礼と感想を言うために、殿下に話しかけるのはごく自然なことだ。もしかしたら、殿下も私とゆっくり話すきっかけのために、この本を薦めてくださったのかも…!
ジョアンナの胸が膨らむ。あのテノールの美声と麗しい笑顔に、ジョアンナの心は鷲掴みされた。
こうして、ジョアンナは時々アレクサンドルと話したり、図書館で出会ったり、と取り巻きにならない自然体で、アレクサンドルと接触することに成功した。
ーー殿下も、私の優秀さをお認め頂いているはず…!
さりげない賢さを披露したり、様々な分野の本を読んだり、アピールに成功したと思う。
いま、ジョアンナが目論んでいるのは、生徒会入りだ。先んじてソーンヒルに入られたのは業腹だが、私とて捨てたものではない。
ジョアンナは虎視眈々と狙ってみたものの、一向にお声はかからない。
ーー私の何がいけないのかしら…?
ジョアンナは不思議に思う。傍目からみても、ソーンヒル嬢はやる気がなさそうなのに、生徒会入りを熱望したのは、生徒会長と副会長だという。
少し作戦を変えてみよう、とジョアンナは新たに画策し始めた。




