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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第24話

エルドレッド・ソーンリーは、この国で3家しかない公爵家の次男として生を受けた。


小さな頃から、周りは父親の取り巻きばかりだった。耳障りの良い言葉しか入ってこない。

それだけであれば、恐らくエルドレッドはワガママな大貴族の息子として育っただろう。

跡継ぎではない彼は、大人たちから大変に甘やかされていたのだから。


エルドレッドがまっとうな男に育ったのは、1つは厳しくも寛容な兄が、彼を真っ直ぐ育ててくれたこと。


「もう1つは、僕の生来の不思議な能力のおかげなんだ」


アンジェリカの瞳をじっと見つめて、エルドレッドは言った。エルドレッドの海のように青い瞳が揺れている。

アンジェリカは何も問わず、エルドレッドの言葉を待った。



「僕は、人の匂いを(・・・・・)感じとるんだ(・・・・・・)



好きな匂いは、良い人。嫌いな匂いは、悪い人。そう本能で感じとる能力だ、と教えてくれたのは兄だった。


まだ幼子だったエルドレッドには、よく解らない。だから、兄は言い聞かせた。「自分の好みの人間を信用しなさい」と。


6歳の頃、ソーンリー公爵ーーつまり、エルドレッドの父親が、第2王子にエルドレッドを引き合わせた。「殿下と同い年なので、我が息子を露払いにご利用下さい」とのことだった。


アレクサンドルは、悪い匂いではなかった。好き、というには随分と透明な匂いだったけれど。

けれど、エルドレッドにはそれで十分だった。なにせ、ソーンリー公爵家には、嫌な匂いがあまりに多かったから。


「僕とアレクの付き合いは、それからだからもう10年以上経つんだね」


エルドレッドは、アレクサンドルの露払いとなるべく、兄から散々剣術をしごかれた。もともとソーンリー家が騎士輩出の家柄だったせいもある。


頭脳明晰な上、ひどく勘の良いアレクサンドルには、エルドレッドの特殊能力が早々に露見し(バレ)た。アレクサンドルは、彼の能力を『嗅覚(スメル)』と名付けた。


嗅覚(スメル)』は、彼をどう思っているかとか、敵・味方の区別をつけるとか、そういった器用な能力では無い。だが、彼の匂いを感じとる、どちらかと言えば野生の勘は、鋭いものがあった。

アレクサンドルは、むしろ彼の『嗅覚(スメル)』を重宝している感がある。エルドレッドはよく問われるのだ。「アイツの匂いはどうだ?」と。


アレクサンドルには、深い思惑がありそうだが、己を利用して悪事を働くわけではなさそうなので、エルドレッドは逆らうことなく応じていた。


アレクサンドルの信頼を勝ち得て、王族に強いパイプが出来たであろうことを、ソーンリー公爵は喜んだ。何といっても、アレクサンドルは後継の第1位なのである。


「不思議だね。僕の父親は、何故そんなに出世したいのだろう」


ソーンリー公爵は、すでに外交大使の地位を賜っている。兄は王国近衛兵長だ。国王の政策から、ソーンリー家がこれ以上台頭するのは、好ましくないだろう。

出る杭は打たれる。世の中とは、そういうものだ。


エルドレッドは打算ではなく、アレク自身の側にありたいから、一緒にいた。家臣ではなく、友人として。正直、父親の下心が一番迷惑だった。


「アレクは便利だと褒め讃えるけれど、僕はこんな能力、欲しくなかったよ」


この能力のせいで、世の人間は、意外に小悪党が多いことを知ってしまった。

知らない方が幸せなことを、否応なく理解させられた。


ーーだから、渇望していたんだ


良い匂い(・・・・)を。


アレクは無臭に近い。

リオンは割と好きな匂い。

セバスチャンは……ちょっとクサイ。

そして……



「ねえ、アンジェリカちゃん。僕には婚約者がいないんだよ」


もう17歳にもなって、とエルドレッドが笑う。


「殿下もいらっしゃいませんわ。そう不思議ではなくて?」

「殿下は婚約者を下手に作れば、火種になるからさ。僕は、ソーンリー家の次男だよ?いない方が不自然だと思わない?」

「………」


エルドレッドの青い瞳の奥に、光が灯る。反射的に、アンジェリカは躰を引いた。


「僕に群がる女の子で、良い匂いをさせた人はいなかった。ただ自然であれば、良いだけなのに」


打算や欲望で、男も女も満ちている。エルドレッドは、それでも辛抱強く待っていた。


「僕が初めて良い匂いを感じとったのは、君の入学式だったよ」

「!」


手を捕まれた!とアンジェリカが考えた瞬間に、もうエルドレッドの腕の中にいた。耳元で、エルドレッドが語る。


「あまりにもかぐわしいものだから、つい追いかけて声をかけてしまった。ーーあれから、僕はこの気持ちの理由を探していた」

「……ソーンリー様、お話するにあまり適切な距離ではありませんわ」

「だって、こうでもしないと、君は逃げてしまうからね」


………その通りだった。この茶髪は本当に私をよく見ている、とアンジェリカは苦笑する。

抱きしめられた腕は強く、胸は熱い。アンジェリカは慣れない距離に戸惑った。


「君の匂いは、いつでも、どんな時でも好ましいんだ。君の性格も、面倒くさがりやだけど、真っ直ぐで素敵だ」

「……落として上げる方が、やはり効果的ですわね」

「はは。本当に可愛い」


耳朶にエルドレッドの唇が触れる。アンジェリカの心と躰が警鐘を鳴らしはじめた。


「この気持ちの理由に、やっと名前がついた」


それ以上は言わないで欲しい。アンジェリカの心からの願いだ。名前なんて、つけてはいけない。ましてやそれを、言ってはいけない!



「ーー好きだよ、アンジェリカ」



サアッと柔らかな風が、2人を撫でる。アンジェリカは耳を塞ぎたくてたまらない。


「まだ、僕を想ってくれていないことも、他に恋敵(ライバル)がいることも分かってる。少しずつ、僕を見てくれればいい。そして、婚約者に僕を選んでくれると嬉しいな」


耳朶から唇を離し、エルドレッドはやや赤くなった顔で、にこやかに言う。


「ーー僕が本気だってこと、分かる?」


アンジェリカには、それが嫌というほど分かっていた。



ーーエルドレッドのオーラが、青色から桃色に変わっていたのだから。


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