第23話
全校生徒が、わらわらと順位表に集まってくる。遠目からアンジェリカもそれを眺め、少し驚いた。
ーーまあ、ガスコイン様が5番
優秀そうだとは思ったが、これ程とは。特殊クラスなのがもったいない。
ーー剣もお強そうですし、総合的に1位はガスコイン様ですわね
納得したように小さく頷いて、アンジェリカはもう一度順位表を確認した。
1番驚いたのは、リオンの順位ではない。
ーーリリアン嬢が…
3位である。物凄い。
ーーどれほど努力したのでしょう…
貴族ではない彼女は、入学するまでに勉強してきたわけではないだろう。
まして、セバスチャンと同じ教会にいたのなら、孤児だ。
入学してからは散々嫌がらせを受けていた。こんな過酷な状況下で、よくぞ。
アンジェリカは、彼女に心からの賛辞を送りたい。
ふと前方に、ガスコインの姿が見えた。
「素晴らしいご成績でしたわ」
「あ、アンジェリカ嬢…。ありがとうございます」
振り返って、リオンは照れたように笑った。
「アンジェリカ嬢こそ、首席、おめでとうございます」
「ありがとう存じますわ。…それにしても…」
「ええ、分かります。ソーンリー様の成績ですよね」
「あれは…良かったのでしょうか…?」
「全く分かりませんが、俺との約束は、守ってもらいます」
リオンの瞳が、爛々と輝きだす。リオンは剣士なのだ。アンジェリカはその様子を微笑ましく思う。
「あ、いた。アンジェリカちゃん」
鼻をヒクヒク動かして、背後からエルドレッドがアンジェリカを呼ぶ。笑顔が全開だ。
「……ごきげんよう、ソーンリー様」
「ごきげんよう、アンジェリカちゃん。僕ね、28番なんて成績、初めてとれたよ~!ありがとうね」
「……それは、おめでとう存じますわ」
別に、私の手柄ではありませんけれど、と付け加える。
「私にも礼を言って欲しいな、エル」
「……いや、絶対に君のおかげではないよ、アレク」
アレクサンドルが歩くたび、人が割れる。魔王のオーラは、相変わらず完璧な灰色。
「やあ、ソーンヒル嬢。首席おめでとう」
「……ありがとう存じますわ」
「ガスコイン君も、素晴らしいね」
「……ありがとうございます」
「エル、良かったね」
「いつもは60番くらいだからね。大躍進だよ!」
エルドレッドが浮ついている。よほど嬉しかったのだろう。
「さて、諸君。生徒会の時間だよ」
ニコリと冷たく笑って、エルドレッドとアンジェリカを引っ張っていく。これでは逃げられない、とアンジェリカがゲンナリした。
「そ、ソーンリー様!」
ズルズル引きずられていくエルドレッドの後を、リオンが追いかけてきた。
「俺、5番でした」
「おめでとう~」
「それで、あの、図々しいお願いですが…」
「うんうん」
リオンが一生懸命話しかける間にも、アレクサンドルは容赦なくエルドレッドを引きずって行く。「殿下、私の手も離して下さいまし」「ダメ」というやりとりが、エルドレッドの反対側で行われていた。
「是非、俺と手合わせをお願いします!」
「ご褒美だからね、良いよ。ところで生徒会室に着いたから、リオン君も参加ね」
はい、1名様ご案内~と楽しそうなエルドレッドの声を最後に、生徒会室の扉が閉まった。
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会議が終わると、狐につままれたような顔をしたリオンがエルドレッドに言う。
「……なんで生徒会の一員になったんですか……?」
「縁だよ、縁。代わりに、剣の稽古を毎日つけてあげるよ」
「え!本気ですか!?」
絶対ですよ、約束ですからね!とリオンは走り去っていく。クラスメイトと約束があるそうだ。
「アンジェリカちゃん、今日、執事君は?」
「実家へ報告に帰っていますわ」
「不在なんだ。アンジェリカちゃん、これから少し時間ある?」
「………」
何だろう。改めて話とは。しかも、セバスのいないところで。
ちらりとエルドレッドを見る。
今日も美しい青色…いや、いつもよりなんだか優しい色だ。
「よろしくてよ」
「うん。ありがとう」
アンジェリカの手を取り、優雅にエスコートするエルドレッド。普段、阿呆みたいな姿を見せるが、本来は大貴族らしく、たいへん典麗である。
エルドレッドがエスコートした先は、人影のない東屋だった。アンジェリカは、エルドレッドが己に変なマネをするとは欠片も思っていない。それはオーラが青色だからではなく、彼の人柄を信用しているからだった。
「僕の従兄妹殿、アンジェリカ」
「……」
「君の母上は、僕の父の妹なんだ。縁切りしてしまったけれど」
「そうでしたのね。私、母の出自をうかがったことがありませんでしたわ」
「それで済んでいい話なのかな?まぁ、家庭はそれぞれだよね」
「父親と母親の恋愛話など、あまり聞きたくはございませんわね」
微塵も興味がなさそうに、素っ気なくアンジェリカは答える。年頃の女性が、恋愛に無関心で良いのだろうか?
ーーまぁ、貴族だしね
貴族の女性の結婚は、大抵親が決める。そうすると、下手に恋愛なんかするより、アンジェリカはよほど賢いと言えるかもしれない。
「君の父上と母上は、大恋愛だったんだ」
「え…!」
なにそれ気持ち悪い…!とでも言いたげな顔をしたアンジェリカ。……本当に、年頃の女性として何か欠落しているに違いないとセバスチャンなら思うだろう。
「君の母上ーーつまり、僕の叔母上が、君の父上にご執心でね。叔母上には別の婚約者がいたのだけれど、彼を振って実家と縁切りして、君の父上と結ばれたんだ」
「父が……そんな恋愛脳100%の母を受け入れたとは……意外ですわ」
「受け入れた…まあ、最終的にはそうなるのだろうけど、始めは叔母上の押しかけだったんだ」
「ああ、分かりますわ」
「叔母上は、僕の父が言うには、『猪突猛進』で『思い込んだら系』だから」
「…言い得て妙ですわ」
2人でガクリと項垂れる。基本穏やかなアンジェリカの母だが、こう!と決めたらまっしぐら過ぎて、色々な人が迷惑を被った。
「当時の公爵と僕の父は、そんな叔母上を見放した。そしてソーンヒル公爵に書状を宛てた。『そちらで処分してくれ』と」
「…父は、母との結婚という形で処分としたのですね」
「うん。素敵だよね。僕の父より公爵の方が人として格が高い」
「……」
我が家とソーンリー家に、不自然なほど交流が皆無な理由が分かった。そして、ソーンリー様の私に対する柔和な態度も。
ーーソーンリー様は、私の父を尊敬しているのね
アンジェリカは微笑した。
その優しい微笑を見て、エルドレッドが拳を握り締める。少しだけ頬が赤い。
「それと……これから話すことは、僕への褒美だ。僕の兄と、アレクしか知らない秘密だよ」