第22話
なぜ、こんなことになったのか、とセバスチャンは思わずにはいられない。
美しい花に群がる雄バチが、3匹。
美しさ(と家柄)だけが取り柄のお嬢様なのに。
性格だって決して良くは無いのに。(失礼)
意外にもお嬢様は色々な人に好意を寄せられていた。
「あ、なるほど。こう解けばいいのか!」
「流石ですわね、ガスコイン様。魔法学以外は、心配しなくても大丈夫ですわ」
「こっちも解けたよ~アンジェリカちゃん」
「……なぜこの数字を掛けるのです……?ここは、これを代入して解くのですわ…!」
「おお、そうか~!」
結局、3人は次の休みに喫茶店で勉強会をすることにした。
3人で勉強会……というよりは、アンジェリカが2人の勉強を見てやっている、といった感じである。
セバスチャンは、ここでも意外な点を発見した。アンジェリカは、案外面倒見が良いのである。
「ソーンリー様がSクラスの配属なのが、最大の謎ですね」
「失礼だな、リオン君。僕は座学が出来ないだけで、魔法力の質と量は高いんだよ」
「まあ、意外ですわね」
「アンジェリカちゃんまで……。まぁ、それだけでは無くて、僕はソーンリー家の者だから」
「あっ!」
ガタッと大きな音を立てて、起立したリオン。その瞳が輝き出す。
「普段のソーンリー様しか見てないから、失念してました!そうでした!貴方はソーンリー家のご次男でした!!」
「だから、失礼だよ、リオン君…」
ソーンリー家は、三代前から王国近衛兵長を務める家系であった。現在の王国近衛兵長は、エルドレッドの兄である。
騎士はリオンにとって、憧れの存在だった。
「剣術も込み、ということですの?」
「多分ね」
「私は、剣など持ったこともありませんけれど」
「実技試験は、総て加味される。君の場合は、頭脳と魔法力がずば抜けて良いのだろうさ」
にっこり笑って、エルドレッドが褒める。
今日のエルドレッドのオーラも、清々しいほどに青色である。
ーー私を全く警戒しないのは、なぜかしら…?
政敵、というほどではないが、王国の3大公爵家のうちの2家だ。ソーンヒル家とソーンリー家の交流は、全くない。
エルドレッドの不思議……いや、不審な点である。
2時間ほどあーだこーだと試験対策をしながら、ふとエルドレッドが言った。
「僕はさ、暗記が本当に苦手なんだ。だから、頑張るためにご褒美を決めないか?」
「え?」
怪訝そうに、アンジェリカがエルドレッドを見る。
「勉強は自分のためにするものですわ。嫌ならやめればよろしいでしょう?」
「正論すぎる。君は優秀だからね。この苦痛が分からないのも無理はないよ。よし、勝手に決めてしまおう!」
「他人を巻き込まなければ、お好きに」
シラッと言い放ち、アンジェリカはエルドレッドの採点を始める。やはり、というか何というか、本人の自己申告通り不正解が多い。
対して、リオンはとても優秀である。魔法学が苦手だが、それ以外の科目を9割近く得点している。
「ーーソーンリー様、正答率は6割ほどですわ」
「うーん、まだまだだね。よし、学年順位をあと半分上がったら、アンジェリカちゃんの秘密を教えてもらおう」
「お断り申し上げますわ」
「じゃ、僕の秘密を教えてあげよう」
「……それって、ご褒美ですの?」
「リオン君は?どんなご褒美がいい?」
「お、俺は…」
ゴクンとツバを飲み込んで、緊張しながらリオンは言った。
「ソーンリー様に、剣の稽古をお願いしたいです」
「僕の?そっか。じゃハードル上げよう。学年順位10番以内取れたら良いよ」
「あ、ありがとうございます!俺、頑張ります」
興奮して顔を赤らめながら、リオンは手を動かし始めた。
「リオン君は真面目だね。ご褒美、と言ったら、アンジェリカちゃん関係かと思ったよ」
「そ、それもご褒美ですが…。剣を教わる機会など、中々ありませんから」
「ふうん。禁欲的だね」
信じられないものを見るように、エルドレッドは言った。
「アンジェリカちゃんは?」
「ご褒美、いりませんわ」
「では、君が首席をとったら、私からとっておきの紅茶をあげよう」
やや低めの痺れるような美しい声で、闖入者が囁く。ーー結局、エルドレッドは魔王を撒けなかったのだ。
「……ごきげんよう、殿下。こちらへは何をしに?」
「そう邪険にしないで欲しいな。もちろん、私も勉強会に参加するためだよ」
むしろ、何故私を誘わないんだ…と冷たい瞳が言っていた。
ーー1年生が、なぜ2年生を誘わないといけないんだ…!
と1年生コンビは思った。流石魔王、理不尽極まりない。
「そして私が首席なら、ソーンヒル嬢の秘密を教えてもらおう」
「お断り申し上げますわ」
王子相手ですら、アンジェリカの塩対応は揺るぎない。アレクサンドルは、そこを寧ろ楽しんでいる。
「ふふ、小気味良いね、ソーンヒル嬢。分かった。それは諦めよう」
あ、ここ違うよ、とエルドレッドに指摘しながら、アレクサンドルは着席した。ーー居座る気満々である。
「では、私からのご褒美のみにしておこう、公爵令嬢。君が首席のあかつきには、王領栽培の、特別な紅茶を進呈しよう」
「まあ!」
思わず高らかな声を上げてしまった。
ーー王家の紅茶!
この王家の紅茶は、王家しか手に入れられない、貴重な貴重な茶葉である。是非手に入れたい!
ーーこれは、魔王の作戦勝ちだな
セバスチャンはアレクサンドルを見て思う。彼の意図は何なのだろう?
アンジェリカを落としたいようには見えない。探っている様子に近いかもしれないが、その割には好奇心がない。
全く扱いづらい相手だ、と小さなため息をついた。
「あ、エル、ここも違う。3じゃなくて84」
「84?!どうやったらそんな数になるのさ!」
もう算術嫌い!と涙目になったエルドレッドを見て、3人がほんのり笑った。
さて、後日。
試験結果が張り出された。
1年生首席:アンジェリカ・ソーンヒル
1年生5番:リオン・ガスコイン
2年生首席:アレクサンドル・ソーンダイク
2年生28番:エルドレッド・ソーンリー
「……ソーンリー様の順位って、どうなんだろう……」
リオンが小さく疑問を口にした。