第21話
「お嬢様、もう少し真面目を装った方が良かったのでは?」
爽やかな朝に、穏やかではない発言をする執事がいた。セバスチャンである。
「装うのも面倒ですわ」
「子どもじみたことを。お嬢様はもう少し駆け引きを覚えた方がよろしいですね」
「面倒ですわ」
豊かな金髪をとかしながら、セバスチャンは苦笑する。この美しい人は、その美しさでは賄えないほど、怠惰な女性である。
ーーいや、美しさは正義か
アンジェリカから美を引いたら、後に残るのは怠惰のみである。美しいということは、七難どころか、難を総て隠してくれる。
「そう言えば、王子はどうでした?」
「クロね。多分向こうも、私をクロだと思ってますわね」
「やはり……」
先日忍び込んで会話をしたとき、思念を読まれたとしか思えない発言があった。以降、セバスチャンは王子の前で必ず遮断魔法をかけている。
「……どうします?王子を始末しますか?」
「不穏なことを言わないでくださる?とりあえず後ろ暗い点はないから、王子は放置でよろしいわ」
「畏まりました」
セバスチャンは、アンジェリカの剣であり盾であり、執事であり影であった。
セバスチャンの存在は、総てアンジェリカの意向に添うものである。ーーはず。
「こうなると、ソーンリーやソーントンも怪しいですわね」
「まさか!能力者がそんなにいてたまりますか!」
ゾッとしない話だ、とセバスチャン。そうね、確かにとアンジェリカ。アンジェリカにとって、能力なんてどうでも良かった。自分が利用する立場でもされる立場でも、彼女のやることは変わらない。
そんな不動の立ち位置を保持するアンジェリカが、セバスチャンはとても好ましかった。
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大きな影が、アンジェリカの視線に入る。見上げると、目の前にリオンがいた。
「こんにちは、アンジェリカ嬢」
「ごきげんよう、ガスコイン様。何していらっしゃるの?」
「これから剣術の練習に」
模擬刀を片手に、はにかんで答えるリオン。ふと腕を見ると、中々に太い。きっと剣も強いだろう。
「そうですか。どうぞお気をつけて」
「あ、あの、もうすぐ試験ですよね」
「ええ、確かにそうですわね」
「その、ええっと……。良かったら、一緒に勉強して頂けませんか……?」
「まあ、私と?」
「は、はい。お嫌でしょうか……?」
チラチラこちらをうかがいながら、自信なさげにリオンは聞く。
ーーなんだか大きな犬みたい
アンジェリカは微笑する。
「嫌ではありませんわ。ただ、私、人に教えるとか人から教わるとか、不得手ですけれど」
「そんなこと!い、一緒に勉強出来るだけでも、勉強になります!」
意味が分かるような分からないようなことをいって、リオンはアンジェリカに迫る。
「それなら喜んで」
「ーー!ありがとうございます!」
抱きつかんばかりに、アンジェリカの手を握りしめるリオン。そこへ…
「あ、僕も混ぜて~」
「………ソーンリー様………」
明るく声をかけられる。
え?またこのパターン?!とリオンが涙目になった。
「混ざってどうするのです?貴方、2年生でしょう」
「多分、僕よりアンジェリカちゃんの方が頭が良いと思うんだ。教えてくれない?」
「アンジェリカちゃん」
呆れ顔でエルドレッドを睨むアンジェリカ。「ちゃん」付けなんて、キモい。
「……気持ち悪いから、そんな風に呼ばないで下さいまし」
「いやいや、可愛いよ、アンジェリカちゃん。普段の大人っぽい君とのギャップに、萌え萌えだね~」
「……ソーンリー様、オヤジくさいですよ……」
ちょっと気持ちは分かりますが、と言いかけてリオンはやめた。アンジェリカに嫌われたくない。
「それじゃ、勉強会いつにする?」
「え?ソーンリー様も?」
「うんうん、よろしくね、2人とも!」
だから、1年生と勉強してどうするんだ…と言ってもきかないだろうから、アンジェリカたちは諦めてうなだれた。
「……ソーンリー様、魔王は絶対に連れてこないとお約束して下さいまし」
「うんうん。分かった。アレクは連れてこないよ」
「勝手についてきたという言い訳も、絶対にダメですわ」
「げげ、先読まれたか。うーん、保証出来ないけど、分かった」
「保証出来ないなら、勉強会は諦めて下さい」
「君たちね、アレクを舐めちゃいけない。魔王は絶対に嗅ぎつけるんだ」
「では、ソーンリー様抜きで」
「分かりました!魔王なしで!!」
スミマセン、アレクに露見しないように頑張ります!と意気込むエルドレッドを見て、アンジェリカとリオンは顔を見合わせて思った。
多分、無理だろう、と。
「そもそも、試験ってどんな感じなんですか」
「ただの筆記試験だよ。実技試験を兼ねた大会は、もっと先の話だな~」
「大会?」
リオンが興味津々にエルドレッドに問う。頼りなく見えてもだらしなく見えても、先輩は先輩。聞けることは聞いておこう。
「魔法やら剣術やら、何でもありの試合だよ。2人一組で出るんだ」
「強制ですの?」
「一応、実技試験を兼ねてるからね。上位に入れば、ご褒美もあるよ。去年はアレクと僕が優勝したんだ~」
懐かしいように、エルドレッドが語る。
あの時はね、どの敵よりもアレクが怖かったよ~と事もなげに話すエルドレッド。
ーーちょっと引く。
「2人一組って、決まりがあるんですか?」
あわよくば、アンジェリカと…と下心丸出しなリオンがたずねる。
「同じクラスの人に限られるよ。だから君たちが組むことは出来ない」
「ぐっ!」
してやったり顔のエルドレッドと悔し顔のリオン。隣でアンジェリカは退屈そうに聞いていた。
「でも、その前に筆記だよ!僕、暗記モノはてんでダメなんだ!全然覚えていられない~!」
「ソーンリー様、本能的で直感的っぽいですもんね」
「分かる?リオン君。僕、もう、困ってて!」
「あら、殿下に教わればよろしいのではなくて?」
「……魔王が、素直に、教えると思う……?」
顔を青くして、エルドレッドが言う。
「「……思えません(わ)」」
異口同音に2人は言った。
結局、エルドレッドを見捨てられず、3人で勉強会をすることになった。




