第20話
日が翳る長い廊下を歩く、たいそう美しい女性がいた。
しかしながらその顔は、死刑台に上る死刑囚そのものだった。
「……何故、私が、こんな目に……」
「誰もが羨む生徒会ですが」
「私の性質から、一番遠い存在でしてよ」
アンジェリカは、人に奉仕して喜ぶような人格ではない。彼女は、常に怠惰であり、何につけても面倒くさがった。ーー彼女の本質は、ただの物ぐさ女性である。
「お嬢様の取り柄が美しさのみ、ということがよく分かりました」
「美しさがあれば、十分ですわね」
「……案外、そういう世の中かもしれませんね。真理です、お嬢様」
「暑さで頭がやられたのね、セバス。真理なわけないでしょう」
「お嬢様こそ、こんな不毛な会話をして。余程生徒会がお嫌なのですね…」
心底残念な目で、セバスチャンはアンジェリカを見つめる。
当たり前でしょう、と言いかけたところで、前方から明るい声をかけられた。
「そんなに嫌がらないでよ。執事君も同席するからさ」
「……なぜ?」
「執事君が、生徒会長に掛け合った結果だよ」
ニコニコしながら、エルドレッドが近づいてきた。これは、アレだ。逃げられないよう、アンジェリカを捕捉しにきたのだ。
「ますます面倒ですわ。セバスが臨席するなら、私の代理で…」
「あはは。本当に君はやる気がないなぁ。ダメだよ、アンジェリカ君。彼は給仕として同席するだけだから」
「……それは、同席とは言いませんわ」
「あれ?じゃあ、列席?」
「出仕、が正しいかしら」
「うーん、僕としては執事君も参加して良いと思うんだ」
「ソーンリー様、それはもはや生徒会では無くなります」
私は卒業生ですから、とセバスチャンは2人の言葉遊びを終わらせた。
「君に無理はさせないさ。さあ着いた。ようこそ、生徒会へ」
カチャリとドアを開けて、中へ促すエルドレッド。大きなため息を吐いて、アンジェリカは足を踏み入れた。
「諸君、新しい会員のアンジェリカ・ソーンヒル嬢だ。仲良く頼むよ」
紳士の微笑みで、アンジェリカをメンバーに紹介するアレクサンドル。
今日も濃い灰色ね、ブレない男だわとアンジェリカは胡乱げにアレクサンドルを眺めた。
「ソーンヒル嬢、左から、会計担当のフェリクス。書記担当のメリッサ・フェルトン嬢。副会長の紹介はいる?」
「不要ですわ」
一刀両断に切り捨てた。
「僕、エルドレッド・ソーンリー」
「知っていますわ」
にべも無い。
アンジェリカは、ひと通り周りを見渡し完璧なお辞儀をして、席についた。
「さて、今回は、先日の魔法部のボヤ騒ぎの処分について」
ーー処分について
ずいぶんと不穏なテーマですこと。アンジェリカは早くもゲンナリした。
「予算も削ることですし、今回は1ヶ月部活動停止くらいで良いかと」
「いえ、甘いですわ、フェリクス!ボヤの元凶を退部にさせて、2度目がないよう、釘をさすことが肝要ですわ!」
「ひえ~!メリッサ嬢、過激~」
「そういう、副会長はどうお考えですの?」
「僕?厳重注意だけで十分だと思うけど?」
「ソーンヒル嬢はいかがかな?」
アレクサンドルが話を振る。私の意見ですって?
ーー傲慢ですわ
生徒の処分を生徒が決めているとは。なんて面倒…いえ、傲慢なのでしょう。
カチャリと横で音がした。セバスチャンが紅茶を給仕している。相変わらず、芳醇な薫りだ。
「特にありません」
「………え?」
「ですから、特に意見はありません」
そう答えると、不思議そうにアレクサンドルが見つめる。
「……では、今回は3日間の部活動停止としよう。いかがかな?」
「「「異議なし」」」
ーー茶番ね
これは、生徒会長の裁判ごっこだ。くだらないわね。こんなこと、やりたい人だけでやって下さればよいのに。
私を、巻き込まないで欲しいですわ。
視線を感じて、アンジェリカがそちらを向く。視線の持ち主は、少し非難するような表情だった。
ーーセバスの言うとおりのようね…
魔王は、恐らく心が読めるのだろう。強い思念を感じ取る能力かもしれない。
ーーでも、まあ…
私にはセバスばりの遮断魔法は使えないから、魔王に対処出来ないわね。
出来ないものは、放置。怠惰なアンジェリカの選択だった。
会議は続く。
意見を求められても、アンジェリカは「特にありません」を貫き通した。
ーー暇ですわ…
会議中に「ヒマ」と言うアンジェリカは、アレクサンドルに締められても、文句は言えないだろう。
ーー魔王、ハゲ給え!
試しに、アレクサンドルへの呪いの言葉を考えてみる。心が読めるというなら、案外有効かもしれない。
そして、ハゲたアレクサンドルを想像してみる。ーーうん、美形はハゲても美形だ。この呪いには意味が無いかもしれない。
そんな会議と全く関係ないことに思いを馳せながら、アンジェリカは会議の終了を指折り数えるのだった。
会議終了後、アフタヌーンティーを楽しむ一堂。特にセバスチャンの淹れる紅茶は絶品だと、皆が口々に褒め上げた。
ーーアンジェリカは会議にまともに参加せず、結局、紅茶を飲みに来ただけだった。
「そう言えば、ソーントン嬢はどうしたんだろう」
いつも差し入れしてくれるのにね、と邪気無く話すフェリクス。
「もともと、生徒会の一員でもないのに、生徒会室に入ってきていたのが間違いだったんだ。残念だけど、ご遠慮頂いたよ」
「それは、ずいぶん急ですね…」
確かに。もう3ヶ月も頻繁に出入りしていたのに、急な出禁は解せない。
ーーもしかして、ソーンヒル嬢と確執があるのだろうか。事情を知らない者は、そう推察する。
「彼女がここに来ることは、二度とないよ」
室内が5度は下がる温度で、アレクサンドルは冷たく言い放つ。
フェリクスとメリッサは、ソーントン嬢とソーンヒル嬢の不仲が原因だと確信した。
ーーなるほど…
アンジェリカは、なんとなく事情を察した。おそらく、リリアン関係だろう。
ーーだからと言って、私が悪役ですか。これだから魔王は……!
ジロリと睨むと、にっこり笑み返すアレクサンドル。
ーー魔王、ハゲ給え!
呪詛のように強く念じる。すると、アレクサンドルがぶっ!と声を小さく上げた。
そのオーラが、濃い灰色からほんのり薄くなっているのに、アンジェリカは気付かなかった。
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