第2話
聖アンドレア学園。
この国の魔力保有者は、当学園に集約される。9割5分貴族で構成されているが、たまに平民階級から入学する者もいる。
生徒はこの学園で16歳から3年間過ごし、魔法について学び実践する。
魔力を正しく正確に使用する、という目的が建前で、実際は魔力保有者を全て登録し監視することにある。
魔法による犯罪は巧妙で、一見では犯罪の原因が分からない。だか、この学園で1人1人魔力の種類、質、癖などを登録することによって、犯人逮捕に繋げているのである。
そんな聖アンドレア学園に、今日アンジェリカは入学する。
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「新入生代表、アンジェリカ・ソーンヒル」
「はい」
完璧な淑女の礼を以て、アンジェリカは壇上に立つ。彼女はこの日のために、敢えて首席で入学したのだ。
ーー本当なら、爪を隠した方が良いのだけれど……
彼女の兄たちは、能ある鷹だ。爪を隠しまくり、半分も見せていない。あれが賢いということだ、とアンジェリカは思っている。
「本日は、私たちのために素晴らしい式を開催くださったこと、まずは御礼申し上げます」
朗々と美しい声で原稿を読み上げながら、アンジェリカは壇下を見渡す。
ーー青、緑、青、黄色、青、青、桃色……
おおむね青かしら、とアンジェリカは考える。橙色が数名いる。顔をよく覚えておこう。
ーーそれにしても、これだけの色を眺めるのは壮観ね
アンジェリカの瞳には、生徒たちの陽炎が見える。色によって、自分をどう見ているのかーー好意的か、敵意かなどーーが判る。これは、アンジェリカの生まれつき保有していた特殊な能力だった。
それゆえ、アンジェリカは小さい頃から父親に連れられて、社交場によく出入りしていた。貴族たちのオーラを眺め、ソーンヒル家に害があるか否かを判断する。
実に役立つ能力で、それを信用している公爵閣下も慧眼であった。
「ーーゆえに私たちは、この学園で心身ともに成長し、学友を大切にすることを誓います」
美しい公爵令嬢の挨拶に、会場は割れんばかりの拍手が鳴る。豊かな金髪を揺らして、アンジェリカは退出した。
まずまずの出だしに、アンジェリカは深く満足した。
「在校生代表、アレクサンドル・ソーンダイク」
「はい」
優雅に壇上へ進む麗しい青年の姿に、令嬢たちが小さな悲鳴を上げる。
ーーアレクサンドル・ソーンダイク。この国の第1王子である。
「………っ!」
アンジェリカは壇上をふと眺め、王子と視線が合う。その瞬間、アンジェリカは令嬢たちとは全く異なる悲鳴を上げそうになった。
ーーな、な、何なのでしょう…!あんな色、初めて見ましたわ……!
ふる、と躰が震えた。アンジェリカが初めて見たのはーー灰色であった。
しかも、こちらをバッチリ認識した上で、出たオーラ。敵か味方か、感情ひとつ判らない。
ーーこの私が、恐怖を感じている…
第1王子は極力関わらない方が良い。アンジェリカはそう結論づけた。
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入学式を終え、生徒たちは三々五々散り、各々割り当てられたクラスへ向かう。入学前に魔力を登録するため登校したとき、併せてクラス分けも行われた。
アンジェリカに割り当てられたクラスは、Sクラス。当然、成績が優秀の生徒のみで構成されたクラスである。以下、A→B→Zの順で成績毎に分かれている。Zは特殊クラスで、魔力が少なかったり、魔法属性が検出されなかったりなど、イレギュラーなクラスだった。
「こんにちは、ソーンヒル公爵令嬢」
柔らかな声で呼ばれ、アンジェリカは振り返る。そこには明るい茶髪の爽やかな青年が立っていた。
「…ごきげんよう、ミスター。私に御用でしょうか?」
「君の新入生の挨拶は素晴らしかったね。思わず声をかけてしまったよ。驚かせたかな?」
「いえ…」
オーラは、青。とりあえず、今は害はないかしら、とアンジェリカは少し警戒を緩めた。
「僕はエルドレッド・ソーンリー。君より1学年上にいるから、何かあったら頼っていいよ」
「それはありがとう存じます」
「君は、兄弟のように爪を隠さないんだね。その方が良いと思う」
「……恐縮ですわ」
ヒヤリと背中に悪寒が走る。警告?いえ、オーラは青。ただ思ったことを口にしているだけかしら…
じゃあね、とすぐに背を向けて、エルドレッドは立ち去った。人混みに紛れ、その姿はすぐに見えなくなる。
ーーあれがソーンリー家の次男坊。でもまぁ、いまは良いでしょう
アンジェリカも足早に教室へ向かう。
聡明な彼女だが、この時感じた悪寒を良く考えるべきであった。
この人混みの中、初対面のアンジェリカを真っ直ぐ見つけて声をかけるなど、常人技ではないことを……。