第18話
世はなべてことも無し。
ーーそういう人生を送ってきた。
誰もが私に差し出し、誰もが私にひれ伏す。
そんな人生の、何が楽しいのか。
ーー大切な人の人生を狂わせておいて、私はなお、このようにしか生きられない。
学園の生活は、まあまあだった。
大人の下劣な悪意に比べれば、同級生の下心など、無邪気なものだ。
「アレク!」
にこやかに声を掛けてくれる友人は、私の唯一の清涼剤であった。
しばらくは、学園にいよう。そう決意して、飛び級はしなかった。
とはいえ、ここでも私より優秀な者はいなかった。つまらない人生は、まだ続くようだ。
特につまらないのは、私の、手の空いた隙を狙ってくる女性の存在だった。
「アレクサンドル殿下ぁ~」
と甘い声で傍に来るお嬢様方は多い。私にはまだ婚約者がいないから、「あわよくば…」と考える女性を責めても仕方ない。
『ああ…!今日も麗しい……!』
『殿下のお心を射止めたい…!』
……どの女性も私を手放しで褒め、そして”王子妃“を狙う下心を持ち合わせていた。
私は、自分の見目がとても良いことと、何でもそつなくこなす才能があることを、強く自覚している。誰が言ったか、『完璧王子』などともてはやされ、結局、その通りに演じるハメとなった。
羨ましい?
いや、いつでも代わってあげよう。
何でも思い通りに出来る人生なんて、解答用紙を貰って答案用紙にそのまま書き写しているだけなのだから。
つまらないこと、この上ないだろう?
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そして一年が経ち、学年が一つ上がる。
生徒会会長を任命され、在校生代表として、壇上で挨拶をした。
『あれが、第1王子か。優男だな』
『媚びを売ってこい、と父上の命令だが…』
『取り巻きになれば、出世出来るかな?』
『まあ…!なんて素敵なのでしょう…!』
『まだ婚約者もいないだなんて、幸運ですわね』
『私の肉体美で、王子を虜に…』
『………!』
『………、………』
ああ、うるさいうるさい。
強い思念が、これ程多く、私の耳をつんざく。
閉ざしても閉ざしても、強い思念は消えない。
ーー人間とは、なんと強欲なのだろう…!
分かっているけれど、耳に入ってくる生徒の強い本意に押し潰されそうになる。
ふと、その時美しい女性を目にした。豊かな金髪と綺麗なエメラルドの瞳の持ち主だ。
ーーああ、先程の…
新入生代表か。たしか、あの『宰相閣下』のご令嬢だった。
ーーん?
こちらを見て、一瞬目が合う。
『怖い怖い怖い怖い怖いーー』
……え?初対面で(しかも話したこともないのに)、どうして私をそんなに怖がるんだい?
ちょっと変わった女性だな、との印象を受けた。
「アレクサンドル殿下」
はにかんだ声で、そう呼び止められた。
「ああ、ソーントン嬢」
「本日入学致しました。何卒、よろしくお願い申し上げます」
美しいお辞儀をして、挨拶する女性ーーミリアム・ソーントン。
美人、というよりは可愛らしい印象のご令嬢で、淡いブルーの瞳は、中々に愛らしい。
『私も、16歳になりました。そろそろ、殿下の婚約者に…』
またか。
合う度に強く願っている。
彼女に初めて会ったのは、5年前のことだった。魔法省大臣に連れられて、彼女は王宮に来た。
『ふああ、格好いい方…!』
『お父様は、私はこの方に嫁ぐのだと言っていたわ』
『嬉しい……!』
彼女の願望が聞こえてきた。嫁って。なんてことを吹き込んでいるんだい、大臣は。
あれから迷惑な存在であったが、いまもあまり変わらない。
「入学おめでとう、ソーントン嬢。こちらこそ、よろしく」
「はい!殿下!」
社交辞令に、喜びで返された。……この娘は、ちゃんと現実に向き合った方がいい。
「あの…殿下。これからお茶会などは…」
「ごめんね、忙しいから、これで」
さっと身を翻してその場を去る。私は“王子”。誰にも肩入れをしてはいけない。
ーーという建前で、単にあのご令嬢の傍に居たくなかっただけかもしれないな。
「アレク、ソーンヒル嬢を生徒会にいれよう」
長袖2枚を着ると、少し汗ばむ季節になったある日の昼休み。
親友が突然言い出した。
「唐突にどうしたの」
「君、先のヤードリー事件を知ってるかい?」
「ああ、ソーンヒル嬢刺殺未遂だね…」
ソーンヒル公爵家に借金のあるヤードリー伯爵子息が、誘拐未遂及び刺殺未遂で捕縛された事件のことだ。
それが、どうしたのか。
「僕は、あのご令嬢、僕らと同類だとにらんでる」
「ーーまさか!」
何を根拠に、と問うと、エルドレッドは「カン」と答える。
「ソーンヒル嬢は、回避に長けている。それは、自分に起こることを予測しているとか、特殊能力ゆえだと思う」
「単に、護衛が優秀なのでは?」
「それもありそうだ。だから、確信は無いけど。まあ、それだけじゃなくて、例のアレと同じクラスだ」
なるほど。確かに、あのクラスには監視と護衛が必要だ。
「わかった。勧誘しよう」
それが良い!と指を鳴らして、私たちは早速ソーンヒル嬢の元へ向かった。
ーーと、ここまでは良かったのだが、相変わらず私はソーンヒル嬢に怖がられている。
それだけではなく、毛嫌いされていると言ってもいい。
私が、一体何をしたというのか。
『魔王!』とか『ラスボス!』とか、酷い言われようだ。
「まあ、なんて無礼な娘でしょう!」
隣でソーントン嬢が金切り声を上げる。
ーーうん、ちょっと黙っていてくれるかな?
ほら、ソーンヒル嬢がキョトンとしているだろう?ソーンヒル嬢は、君のことなんて、歯牙にもかけないよ。
それはさておき。ソーンヒル嬢の生徒会入りは、確定させておかねばなるまい。
「よぅく、考えておいてくれ」
ちょつと脅しめに言うと、「失礼しますわ!」と言って逃げられた。物理的に。
ーーあのすまし顔のお嬢様が、全力疾走とは…!
ぶっ!と本気で笑ってしまった。
私を目の前にして、下心の全くない女性は初めてだ。
「……よっぽど、怖かったんだね……」
というエルドレッドのつぶやきも、可笑しかった。