表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セバスチャンと私  作者: 海老茶
16/98

第16話

清く正しく生きてきたわけじゃない。


でも、出来るだけ、やれる限り、真面目に頑張ってきた。

後ろ暗い点は、ほとんどない。

幼少の頃、空腹に耐えかねて、パンを1つだけ盗んだことがあった。それだけだ。


この仕打ちは、何の報いなのだろう。


ーー私は、何故生まれてきたのだろう……



++++++++++



椅子の事件があって、3日。

アンジェリカはエルドレッドに(無理矢理)頼まれたので、一応椅子の子(リリアン)を眺めていた。

こうして注視していると、リリアンは本当によく嫌がらせを受けている。

備品の類いは、アンジェリカの施した魔法により追跡が可能のため、手元に戻すことが容易となった。そのことを、リリアンから大仰に感謝されている。

リリアンは、徹底してクラスメイトに孤立させられていたが、彼女は出来るだけひとりきり(・・・・・)にならないよう、注意していた。


ーー賢い女性ね


アンジェリカはリリアンを見直した。

味方もいない、従僕もいない。その中で周りに誰も(・・・・・)いない状況(・・・・・)に陥ったら……。


ーーああ。面倒ね…


アンジェリカは正義の味方など、なりたくない。弱い人間を救うとか、誰かを守るとか、そんな面倒(こと)、考えたこともない。

誰かに感謝されたいわけでもない。


だから、アンジェリカのやる気は皆無だった。


そんなアンジェリカを見て、セバスチャンなら『とか思いながら、結局見捨てると寝覚めが悪いので、やることはやるお嬢様が素敵ですよ』なんてトキメクのだろう。





4日目。

ドサッと何かが落ちる音がした。

遙かかなたを眺めると、例によってストロベリーブロンドが嫌がらせを受けている。

のんびりした歩調で、アンジェリカは事件現場に近づいていった。


「何をするの、この平民風情が!」

「ミリアム様に触れるなんて……!」

「許されることでは、なくてよ!」


キャンキャン喚く(取り巻き)が三人。その中心で、ミリアム・ソーントンが優雅に立っていた。


「も、申し訳ございません…」

「あやまって許されることではありませんわ!」

「平民の臭いが、こちらに移ってしまうではありませんか!」


おお、臭い臭い…と顔を顰める取り巻き。もう、取り付く島もない。


「……貴女、存外綺麗な顔をしているわね……」


くいっと扇でリリアンの顔を持ち上げるミリアム。淡いブルーの瞳が、リリアンを糾弾するかのように鋭く光る。


「アレクサンドル殿下とは、どういったご関係ですの?」

「え…?アレクサンドル殿下…?」


キョトンとした顔で、ミリアムを見つめるリリアン。紫水晶(アメジスト)の瞳が不安げに揺れる。


「……昨日、アレクサンドル殿下のお口から、貴女の名前が出ました。殿下にどう接触したのですか?」

「で、殿下とは、お話したこともありません」

「まあ、白々しい……」


バシリ、と扇を翻し、リリアンの頬を打つ。リリアンはよろめいて、片手を地面についた。


ーー何を言っているのかしら…?


リリアンは本気で戸惑った。殿下なんて全く未知の生物だ。心当たりも無いことに、何故こんな仕打ちを受けなければならないのだろう。

涙を堪えて、歯を食いしばる。

そこへ、フワリと良い匂いが鼻腔をかすめた。


「ごきげんよう、ソーントン様」

「……ソーンヒル様……」


取り巻きが、一斉に端に避けた。平民相手とは全く違う、格上の登場により、ひどく狼狽した様子だった。


「クラスメイトがお世話になったようですわね」

「……貴女には関係ございませんでしょう」

「彼女は、Sクラスの人(・・・・・・)ですから。級友のことは、見過ごせませんでしょう?」

「……ッ!」


ミリアムのコンプレックスを、えげつなくついてくるアンジェリカ。彼女の毒舌は、セバスチャンの折り紙付きである。

ふっとため息をついて、ミリアムが逆襲する。


「そちらの方が、私にぶつかって来たので、たしなめただけでございますわ。Sクラスの方は、礼儀がなっておりませんわね」

「まあ!わざと体当たりすることが、“ぶつかって来た”ことになるんですの?Aクラスでは、常識が異なりますのね」

「な、なんですって…!」


カッと顔を赤く染めるミリアム。彼女とアンジェリカでは、所詮器が違う。

ハラハラしつつも、アンジェリカの華麗な姿に、リリアンは恍惚となる。


ーー見ていてくれたんだ…!


ミリアム(あちら)からぶつかって来て、避けようがなかったリリアンは、教室に運ぶプリントを全部落としてしまった。言いがかりをつけられた上、扇で殴られる。

この理不尽をアンジェリカが見て、私を庇ってくれた。ーー女神が助けてくれた。


「言いがかりつけないで下さいませ、ソーンヒル様!私からぶつかるはずがないでしょう!」

「ふふ、そのようにムキになることが、図星の証左ですわ」

「な、なにを…!」

「本当に言いがかりなら」


ズイッとミリアムに近寄るアンジェリカ。エメラルドの瞳を燃やして、彼女に囁く。


「一部始終を、殿下にご報告申し上げますわ。幸い、私は生徒会の(・・・・・・)一員ですから(・・・・・・)


不正は糺しませんとね、と不遜に微笑むアンジェリカ。ミリアムの手が、震え始める。


「……その必要はありませんわ」


サッと身を翻して、ミリアムと取り巻きは立ち去った。その姿を見ることもなく、アンジェリカはプリントを拾い上げる。


「さあ、戻りましょう」


と声をかけて、2人は教室に向かう。リリアンは喜びと興奮で、胸が一杯だった。





5日目。

何故か先生に呼び出され、長々と話をされた。ようやく解放されたのは、人気もない夕方であった。

急いで帰ろうと、早足で教室に戻ると、突然ドアが閉まる音がした。

驚いて振り向くと、下卑た笑いを浮かべる男子生徒が3人近づいてくる。


ーーしまった……


こうなることを(・・・・・・・)危惧したから(・・・・・・)、徹底的にひとりきりにならない様にしていたのに……!


「平民のくせに、案外可愛い顔じゃねーか」

「アソコが良かったら、愛人にしてやるよ」

「へへ、大人しくしていれば、可愛いがってやるよ」


好き勝手言ってくれて!平民は、貴族の玩具(オモチャ)じゃない!

リリアンは虚勢を張ってにらみつける。どうせ退学になるなら、こっちだって反撃してやる!


机やイスを投げつけて、逃げ回るリリアン。数と力で圧倒しようとする男たち。リリアンの必死の抵抗もむなしく、ついに男たちにつかまった。

両手を押さえられ、胸をまさぐられる。


ーーナンデ……


リリアンから、とうとう大粒の涙がこぼれ落ちた。


ーーコンナ、理不尽ナ目ニ遭ウナンテ…私ハドウシテ生マレテ来タノ……?



解錠(アンロック)


美しい声とともに、麗しい姫君が闖入してきた。

男たちは驚いて一斉に振り返る。


「……下種ね……」


心底軽蔑した瞳を男たちに向けて、アンジェリカは叫ぶ。


「セバス!」


ガシャン!と派手な音が上がる。セバスチャンが教室の窓をぶち破ったのだ。

男たちは、闖入者を呆然と眺める。そのスキにリリアンは男たちの拘束を逃れ、アンジェリカのもとへ向かった。


捕縛(アレスト)


セバスチャンの放つ闇魔法で、男たちは呆気なく拘束された。魔法を解除しようともがくが、ビクともしない。

セバスチャンの闇魔法は、あまりに高度で、あまりに完璧だった。


「ふふ、今日も完璧ですわね、セバス」

「お褒めに与りまして」


優雅に微笑む主従。すると、リリアンがアンジェリカに抱きついてきた。


ありがとうございます、ありがとうございます、と何度も繰り返し、ブルブル震えながらアンジェリカにしがみつくリリアン。


アンジェリカはそっとねぎらうように、リリアンの頭を撫ぜた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ