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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第12話

『アルジャーノン・ヤードリーを退学に処する』という通知が掲示された。


それに対して生徒の反応は、ほとんど皆無であった。さほど目立たない存在であったのか、それとも、周囲にとって目障りな存在であったのか。アンジェリカには分からなかった。


父親からも、『適切な処置をしたので、安心するように』との手紙が届いた。公爵閣下(マグニフィセント)が動いた。……彼を見ることは、金輪際ないであろう。


思うほど手こずらなかったわね、とアンジェリカ。公爵閣下(マグニフィセント)が裏で動いていたのでしょう、とセバスチャン。


そうね、といい加減に相づちを打つ。退屈そうなアンジェリカを見て、セバスチャンが苦笑した。



++++++++++



日差しが少しずつ強くなり、気温も上がってきたある日。

木蔭でランチをとっていたアンジェリカは、セバスチャンの完璧な紅茶に舌鼓を打っていた。


「やはり、アッサムにはミルクが合いますわね」

「お嬢様の紅茶好きも、極まってきましたね」


新しい茶葉が欲しいわ…とアンジェリカが考え始めると、不意に声をかけられる。


「こんにちは、ソーンヒル様」

「こんにちは、ガスコイン様」

「ご一緒してもよろしいですか?」


フワリとリオンは微笑んでお願いする。「どうぞ」とアンジェリカは応対した。


ーー舞踏会から、随分積極的になったな


舞踏会(あれ)から、リオンはアンジェリカを見ると声をかけるようになった。自信に溢れ、身なりを整えた彼の姿は、平凡とは程遠く、中々男前(ハンサム)である。


「ミスター・ヤードリーが退学になりましたね」

「その節は、ご迷惑をお掛けしましたわ」

「いえ、お怪我が無くて良かった」


心からアンジェリカの無事を喜ぶリオンに、アンジェリカは微苦笑を浮かべる。


ーーオーラが桃色ね


すっかり懐かれた、とアンジェリカは思った。


「ガスコイン様がお守り下さったおかげですわ」

お役に立てて(・・・・・・)良かったです」

「………」


その言葉を、アンジェリカは正確に理解した。利用されていたことに、リオンは気づいていたことを。それでもなお傍にいてくれたことを。


「ありがとう、存じますわ」


私に、利用されてくれて。

私を、守ってくれて。


「お気になさらず。でも、俺、ソーンヒル様にお願いがあるんです」

「まあ、何でしょう?」

「その、これからソーンヒル様をお名前(ファーストネーム)で呼んでも…良いですか?」


カチャン、と食器の音が鳴る。セバスチャンがリオンを睨んだ。


『なにずうずうしいお願いしてんだよ!ダメに決まってんだろ!』


『同級生だから、自然なことだろ?お前が決めることじゃない』


男たちは、バチバチ目で会話を交わす。


「容易いことですわ。お好きにお呼びになって」

「ーー!ありがとうございます!あ、アンジェリカ嬢……。俺のこともリオンと呼んで下さい!」


『勝った!』とリオン。『調子に乗るなよ!』とセバスチャン。



「じゃ、僕も名前(ファーストネーム)で呼ばせてもらおう」


ひょいと卓上の菓子をつまみながら、男が言った。突然沸いた存在に、3人の視線が集まる。


「……ソーンリー様、ご用は何でしょうか?」

「まあ、そんな邪険にしないでよ。姿を見掛けたから、声かけたんだ」

「そうですか。ごきげんよう、ソーンリー様。そしてさようなら、ソーンリー様」

「まあまあ。一応用ならあるんだよ、アンジェリカ君」


胡乱な目つきで、アンジェリカはエルドレッドを見る。その視線を平然とエルドレッドは受け止めた。


「アンジェリカ君、きみ、生徒会に入らないかい?」

「お断り申し上げますわ」

「即答!?もう少し検討してみてよ」

「お断り申し上げますわ」

「頼むよ、従兄妹のお願いだよ?」

「お断り申し上げますわ」


ソーンリーのお願い(そんなこと)を承知するつもりは全く無い。

だが、この男、いま何と言った?

ーー従兄妹、と言ったのか……?


アンジェリカが軽く目を見張ると、苦笑いを浮かべてエルドレッドは言った。


「ーー知らなかった?」

「そうですね。存じ上げませんでしたわ」


そして、興味もない。


「でも、動揺しないんだね。ふぅん。その肝の据わり方は、生徒会に向いているよ」

「お断り申し上げますわ」


アンジェリカはにべも無い。


「あのね、ここらで妥協しておいた方が良いと思うよ。これ以上断ると、魔王(ラスボス)が出て来るんだよ」

「それは誰のことかな?エル」


今日は日差しが強かったのに、急に温度が下がった。ーーように3人は思った。


ーー出た、完璧王子(ラスボス)


背後に闇を背負っているとしか思えないほどの重力(グラビティ)。そんな恐ろしい王子なのに、取り巻きは多い。


王子の登場に一番動揺したのは、セバスチャンだった。


ーー気配を感じなかった…


なるほど、お嬢様が裸足で逃げ出すと言うはずだ。まだ17歳でこれほどの老練さ。一体、どんな人生を送ってきたのか。


「…ごきげんよう、殿下」

「…こんにちは、殿下」


下級生らしく、アンジェリカとリオンが挨拶する。氷の微笑をたたえ、アレクサンドルはそれを受けた。


「エルから聞いたと思うけれど、君に是非生徒会に入って欲しいんだ」

「申し訳ございません。私には荷が勝ちすぎますわ」

「学年首席の君に荷が重いなら、誰も出来ないだろうね」


微笑むだけで、人をヒンヤリさせる。恐ろしい才能だ。


ーーやっぱり、首席なんて取るのではなかったですわね…


手っ取り早くオーラを確認するため、安易な方法をとってしまった。その代わり、ヤードリーをあぶり出した。一勝一敗である。


「こういったことには、向き不向きがごさいましょう」

「君は万能選手(オールマイティ)だろう。入ってくれるとありがたいのだが」


どうだろう、と完璧王子(ラスボス)が告げる。ほとんど脅しにしか聞こえない。


「まあ、なんて無礼な娘でしょう!」


甲高い声で割って入ってきたのは……


「…どなたかしら?」

「なっ!わ、わ、私を知らないなんて!」


カッと赤ら顔で憤るお嬢さん。有名らしいが、アンジェリカには分からない。


「ソーンヒル家には、常識がないようですわね。私はミリアム・ソーントン。ソーントン公爵家の長女ですわ」

「ソーントン様…?私のクラスではない気がするのですが…」


ミリアムは、再び顔を赤らめる。痛い所をつかれたのだ。ミリアムはアンジェリカと同級だが、Aクラスであった。


「殿下のお誘いをお断りするなんて、なんて恥知らずなのでしょう。殿下、もうソーンヒル様なんて放っておきましょう?」

「ソーンヒル嬢」


ギクリとして、アンジェリカが魔王(アレクサンドル)を見つめた。相変わらず、この世の全ての色を混ぜ合わせた、恐ろしいまでの灰色である。


「よぅく、考えておいてくれ」

「ーーっっ!」


悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。

アンジェリカは、失礼いたしますわ!と言って、物理的に逃げ出した。本気で。


「……よっぽど、怖かったんだね……」


ポソリとこぼしたエルドレッドの発言に、セバスチャンとリオンは心から同意した。



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