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セバスチャンと私  作者: 海老茶
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第1話

大都市(キングストン)の雑踏の中を、一台の馬車が闊歩する。

一目で高級だと分かる仕立て。おまけに四頭立てだ。家紋は『公爵(デューク)』。ーーこの国で3家しかない名家のひとつである。


少し霧が立ち込める中、ゆったりと馬車は進む。耳を澄ませば、少女の明るい声が聞こえただろう。これから貴族地区(ハイランド)で買い物でもするのだろうか。


「お父様、次の曲がり角を右ですわ」

「そうか」


美しいあごひげの壮年が、御者に伝える。このままだと、行き着く先は平民地区(ローランド)か、奴隷市場になるが良いのですか?と御者が問う。良いのだ、と美しい声で麗しく公爵閣下(マグニフィセント)が微笑むと、御者は慌てて前を向き手綱をさばき始めた。


「お父様、ここです」

「止まれ」


美しい少女が指示した場所は、奴隷市場であった。高級貴族の登場に、周囲がざわめく。通常、貴族は仲介商人を通じて奴隷を買う。平民階級(ローランド)との境にあり、えた臭いの立ち込める不穏な場所に貴族は足を運ばない。

それでもこの公爵閣下(マグニフィセント)が直接来たのには、理由があった。


「これはこれは…!旦那様(サー)、何なりとご用命下さいませ」


この奴隷市場の支配人であろうか。突然登場した賓客(かねづる)に駆け寄って言う。機を見るに敏とはこのことであろう。


「奴隷を買いたい」

「それはもう、喜んで。全員並べます。もちろん、旦那様(サー)から選んで頂いてかまいません」


通常は競り売り(オークション)なのだが、それよりも高額を払うであろう高級貴族に、支配人はもみ手にすり手である。

舞台に奴隷が整列した。こうしてみると、子どもが多い。この国の闇に触れ、公爵閣下(マグニフィセント)はやや憮然とする。


「…さあ、アンジェ」

「えーと……」


豊かな金の髪を揺らして、少女は探す。大きな瞳は、美しいエメラルドだ。


「左から4番目です」

「分かった。支配人、彼を貰おう」

「さすが、お目が高い!あの子は本日の目玉商品です」


商魂逞しく、支配人は高値で売りつけようとする。苦笑しながら、公爵閣下(マグニフィセント)は言い値の2倍を支払った。





奴隷の手枷足枷を外され、少年はホッと息を吐く。「新しいご主人様に忠実に仕えるように」と支配人に言われ、チラリと新しいご主人様を見上げた。


「君、名前は?」


優しい声でそう問われ、少年は安堵する。ーー良かった、優しいご主人様みたいだ。


「セバスチャン」

「……………え?」

「貴方の名前は、セバスチャンです。セバス、と呼びますね」


少年よりも頭一つ分低い美しい少女が言い放つ。何言ってんだ?コイツという顔で、少年は少女に向き直る。


「……お嬢様、僕の名前は…」

「セバスチャンよ。それ以外の名前は捨てなさい」

「………………ええ?」

「済まないね、セバス」


ポンと肩をたたかれた。見上げると、公爵閣下が苦笑している。


「君のご主人様は、彼女ーーアンジェリカだよ」

「よろしくね、セバス」


人形のように美しい少女が、にっこり微笑んで手を差し出した。この手を握るべきか否か、少年は逡巡した。



++++++++++



あれから、8年の月日が流れた。


天使の名をもつ美しい少女は16歳を迎え、明日、魔力を持つ者が通う(セント)アンドレア学園に入学する。

金色に輝く髪はなお一層豊かになり、丸みを帯びた女性らしい躰つきは、出てるところは出て、引っ込むべき箇所は引っ込んでいる。

アンジェリカは地上に降りた女神のように、とてもとても綺麗になった。


ただし、麗しい女神が性質すらも良いとは限らない。


「セバス、明日の用意は?」

「……ほう?ご自分では出来ない、と」

「やる気は皆無ね」

「下着類まで私に用意させても?」

「どうぞ。お好きなら1、2枚横領してもよろしくてよ」

「……お嬢様には、『恥じらい』を高値で売りつけられますね」

「まあ、そんなものに価値を見いだすなんて、セバスもまだまだね」


ほほ、と声高に微笑んで、アンジェリカはセバスを遮る。


二人のやりとりは、毎日ほとんど氷点下での毒の吐き合いである。側のメイドは、小競り合いにしては毒々しい物言いに苦笑する。ーーこの光景も、今日を最後にしばらくは見られなくなるが。


「お嬢様、公爵閣下より本日は晩餐を共にとるように、との仰せです」

「わかりました」

「お仕度を」


アンジェリカはサッと立ち上がり、セバスチャンの用意したドレスを眺める。


「……貴方の中で、私がどんなイメージなのか分かる色ね」

「お似合いでございます」


にっこりと微笑んで、セバスチャンは着替えを手伝う。毒々しいまでの真紅の薔薇色のドレスを見事に着こなしたアンジェリカは、苦笑した。


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