成長
物心つく前から、私には不思議な力があった。
家の近くにある廃屋で拾ったボロ布を、空に浮かせることができたり、重くて持てないような石を片手で持てるほど軽く変えることができた。要するに、物の本来の重さを変えられる力があったのだ。
ある日、街の男の子にこの不思議な力を使っている姿を見られた。その男の子は、何度か一緒に遊んだことのある仲の良い男の子だった。
次の日から私は虐められた。話したことのある同級生の子にすら悪口を言われ、ほとんどの友達に近寄られなくなった。街中に出たときは、ひそひそとうわさ話をされている気がして、人との関わりを避けるようになった。
私は、この常識を超越した力をみんな使えると思っていた。だから、虐められている理由が分からなかった。
苦しかった。辛かった。
私を虐める理由を直接教えてほしい。私が怖いなら、何が怖いのか言ってくれたら止めるのに。みんなと仲良くしたいのに。なんで。なんでなの。
そのときの私には、正常な判断ができるほどの余裕などなかった。全てを投げ出したいと思っていた。そうしたらこの胸の痛みも全部無くなるかもしれない。私の乾いた心が、何かの感情で満たされるかもしれない。そう思った。きっとこの力で、全部壊すことが生きる意味なのだと。
だが、それは叶わなかった。私に、大切な人ができたのだ。白黒で塗りつぶされていた景色を色鮮やかに染めてくれる恩人の存在が、私を孤独から助けてくれたのだ。
その人は、黄金に輝く、きめ細やかな長髪と大きな瞳が特徴的な私と同じくらいの年齢の美しい女の子だった。
いつも、その女の子は私の力を見に来ては目を輝かせていた。
ほとんど毎日、人のいない静かな浜辺で一人で過ごしていた私に、喋りかけてきたのだ。
正直に言うと、最初に出会った頃はとても鬱陶しかった。この力を使う時だけ、嫌なことを忘れることができるのに、隣にその女の子がいると考えるだけで、全く集中することができなかった。私は痺れを切らし、初めてその女の子に話しかけた。
「なんでいつも私を見ているの。邪魔だからどこかへ行って」
その女の子はとても驚いていた様子だった。だが、くすっ、と柔らかな微笑みを浮かべて返事をした。
「あなたは、“まほうつかい“なの? 物をふわふわ浮かばせられるなんて凄いね!」
「私は魔法使いなんかじゃない。この力を使ってるときだけ全部を忘れられるだけ。誰にも邪魔をされない私だけの時間なの。だから、早くどこかへ行って」
「あなたのまほうはカッコイイけど、私は、まほうを見たいんじゃなくて、あなたと一緒にいたいの。私と友達になってほしいな!」
その女の子は、屈託の無い晴れ晴れとした顔で私にお願いしてきた。
私は、予想外のお願いに動揺を隠せず、ついつい聞き返した。
「私と…… 友達になりたいの?」
なぜ、その子が私と友達になりたいのか分からなかった。街の人達に冷たい視線を向けられてきた私には、想像もしていない事だったのだ。二度と友達ができることなんてないだろうと思っていたから。
気づいたら、私の瞳からは涙が零れていた。前が滲んで見えないくらいに大泣きしていた。どれだけ虐められても、恐れられても、一人になっても流れなかったものが、どんどんと溢れて止まなかった。
私は、この子を鬱陶しいと思っていた反面、このまま傍にいてほしいと思ってたんだ。友達になれることが嬉しかったんだ。私の心はまだ死んでいなかったんだ。
私は、その女の子のお陰で、前向きに明るく生きていこうと思うことができた。その子の楽しそうな顔を見てると、心が踊った。ずっとその子の傍にいたいと思った。
この日から私は、前向きな気持ちでいることができるようになった。
数年後、ばあちゃんから、私に「魔力」が宿っていると告げられた。魔力を持つ人は、人々から忌み嫌われるという。私は嫌われている理由はこの所為なのだなと納得した。それから私は、1度も魔力を使うことをしなくなった。
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サザンカは、サクナを助けると決意した後、重大な問題に直面した。
「お腹が空いたぁ」
昨日は、酒ばかりを飲んでいたため、まともな食事をしていない。しかも、重力が逆であるこの状態では、料理すらできない。サザンカは悩んでいた。
このまま、誰かが助けに来るのを待つか。隣の家まで行ってに食材を入手するか。
このまま家にいても、誰かが助けに来てくれる保証は何処にも無い。
だからと言って、隣の家まで行こうにも、距離が離れすぎている。もし、足を滑らせて落ちてしまったら、その時点で終了だ。
サザンカは眼下に広がる奈落に目を側める。
「やっぱり、アレを使うしか……」
サザンカには、奥の手が一つだけあった。それは、十数年前に私を地獄の底まで叩き落とし、そして私を地上まで引き上げてくれた「魔力」だ。
この力は、現在まで一度も使っていない。上手く発動するのかすら分からない。
しかし、実質、「魔法を使わない」という選択肢は無いに等しかった。このままここにいるだけでは、飢えて死ぬ以外の道が残されていないからだ。
「うん。このまま隣の家まで浮遊していくしかない」
サザンカは魔法を使うことを強く決心した。頑丈に作られた窓枠をしっかりと握り、そこに足を掛ける。ちょうど窓に立っている状態である。冷たい風が直撃し、体が前後に揺さぶられるが、めいいっぱい踏ん張る。間違えて一歩踏み出せば、人生が終わるという恐怖が顔を引きつらせる。
サザンカは深呼吸をして、目を閉じた。そして、自分の奥底にある感覚に語りかける。
「私の魔力……またあの頃の様に力を貸して…………」
サザンカは徐々に意識を集中していく。身体中にぐるぐると血が巡り、胸のあたりにほのかな熱が宿っていく。艶々した髪がふわりとなびき、踏ん張っていた足への過重が減っていくのが実感できる。
懐かしい、この感覚だ。あの頃よりも溢れ出す魔力量が増えている気がするけど、このまま空中浮遊まで制御できるのか。
サザンカは、自分の体重を浮かせることができる程度の魔力を探る。しかし、丁度良い量を調節することができない。どんどんと魔力を放出している状態だ。
「ど、どうすればいいの!?」
もはや混乱状態である。放出しすぎているせいで、体に赤色の魔力が漂っている。肉眼ではっきり分かる程だ。
ただ、体が浮遊している感覚は、はっきりとしていた。一歩踏み出せば、空中に体を浮かばせる事ができる自信もある。しかし、たった一歩が踏み出せない。怖い。
太陽も徐々に傾き、奈落が真っ赤に変貌していく。だが、サザンカは動くことができない。サザンカはふと空を見下げ、サクナのことを思った。
きっとサクナも、この景色を見ているのだろう。どんな気持ちで見ているのだろうか。訪れる夜への恐怖もあるだろう。だけど、性格的に好奇心が人より強いから、この状況を意外と楽しんでいたりするのだろうか。
サクナに会いたいな。
そう思うと、先程までの体の震えも不思議と静まった。そして、心の底から力が湧いてきた。サザンカは大きく息を吸って言った。
「サクナ、待っててね。絶対会いに来るから。また会える日まで私、頑張るから!」
サザンカは大きな声で奈落へと叫んだ。もちろん、誰に伝えている訳でもない。聞いてほしい訳でもない。だからこそ、叫んだ。だからこそ言えた。
そして、サザンカは始まりの一歩を力強く、大きく踏み出した。




