受容
大したことのない、だがなぜか覚えている小さい頃の記憶がある。
顔も覚えていない子供たちが昼下がりの公園で遊んでいる中、ぽつんと一人、何をしようというのでもなく女の子が空を見上げていた。
彼女は大空を不思議そうに見ていた。美しく塗りつぶされている、どこまでも続いている青色を。
「なんで空には手が届かないんだろう」と、彼女は不思議そうにしていた。
幼い子の疑問だから大して特別なことではないだろう、と思っていたが何故かこの出来事が記憶にこびりついていた。
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サザンカは背中に感じる鈍い痛みで目が覚めた。昨日の晩遅くまでサクナと酒を飲んでいたせいで、ベッドまでたどり着かなかったのだろうか。
そうだとしてもこんな不安定なところで寝るなんて相当酔ってたんだろうな、と殆ど開いていない目を擦りながら思う。
しかし、なんだか妙だ。まだ早朝だが(早起きは彼女の日課)、いつもはこの時間帯ならば外から人々の賑やかな話し声や、馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえてくるのに生活音が全く聞こえてこない。
サザンカは、ふと目の前に視線を移した。するとそこには、屋外の疑問などどうでも良くなるほどの恐ろしい光景があった。
物々しく、ベッドが天井に張り付いているのだ。それは糸で吊るされているのでも、固定されているのでもない。平然と、当たり前のように上にあるのだ。
「なんなの、これ……」
それだけでなく、椅子や散らばった洋服も全て天井に張り付いている。
どっと恐怖が押し寄せてきた。目眩と、手足の痺れに襲われ、呼吸がどんどん荒くなる。肝試しやお化け屋敷とは別の、昨日まで親しんだもの全てが私を遠ざけてる感覚だ。
「なんで……私だけ天井に立っているの……?」
ふと足元を見る。サザンカが座り込んでいるのは、いつもは上にあったはずの天井だった。サザンカは、やっと事で立ち上がり、窓に向かった。足腰が小さく震えている。低くて気に入っていた窓だが、今は胸ほどの位置にある。
「そんな……」
サザンカは言葉を失った。
前までは、見あげれば一面蒼空が広がっていて、眼下にはレンガ造りの美しい家々が立ち並んでいた。
だが、今は違う。下には無限に続く青みがかった奈落と、上には草の生い茂った土が、圧迫感たっぷりに存在していた。
先程までは考えられないような出来事が連鎖する。ただその時の私は、下から降り注ぐ陽の光の地獄のような熱さと、その周りを取り囲む青の寒気がするほどの恐ろしさに体を支配されていた。




