第92話 開会式
階段を上りきりると広い山頂。
大きなお社のような屋敷の前に、体が大きくて顔が犬の男が袈裟を纏って鎮座していた。
竹丸はそれに駆け寄って平伏する。
「おお。大天狗さま。お久しゅうございます」
竹丸の尊敬の度合いが分かる。陽太もその隣りに行って深く礼をした。
「おー! お客人。この聖域に入れるとは、すごい人間もいたもんじゃ。これこれ。こちらに参らせられませ」
かなり陽気で楽しげだ。今から始まる武術大会にテンションが高いかもしれない。
その大天狗が陽太たちを歓待する。
呼ばれて陽太に続いて竹丸、明日香で大天狗の前まで行くが前野は付いてこず、目立たないように三峰の人達に紛れていた。
「ほー! この男児の熱き力のものすごいこと! これはこれは!」
「こちらが先見壷に予見された世界を救うヒナタさんです」
「おお! どおりで。ワタクシはこの蓬莱山の棟梁、蓬莱山空珍と申します。以後、お見知り置きを」
そう言いながら、陽太の肩を掴む。
陽太の体を触ることによって能力を悟り、目を見開いた。
「おー。なんとも素晴らしい。本日は武術まで披露して頂けるようで。楽しみでございます」
かなりの期待。負ける予定に後ろめたさを感じる。
そして、大天狗の大きな手が明日香にも伸びた。
「ほ、ほ、ほーっ! これは! これは? なーんともものすごい力じゃ! 魔界、冥界、いずこのお方か? 公家の身分のお方であろう!」
「へぇ! 分かるんだ!」
「ほっほっほ。さようですか。さようですか。では、元は天使か異国の神の身分であったお方でございましょう。本日は武術を披露して頂けるそうで、楽しみにしております。拝見させて頂きます」
「うん。うん。よきにはからえでございます」
やはり大天狗の前でも身じろぎしない。
竹丸は大天狗に無礼があるのではないかとヒヤヒヤしていた。
その時、ドン。ドン。ドン。と大きな太鼓の音がした。
逆の階段からものすごく大きなカラス天狗がくる。
顔は黒く黄色いくちばしがある。僧衣を纏っているが動きやすいように改良してあった。
明日香は相手選手の大きな二名を見てようやくどの程度の巨人か理解できたようで、
「へー。でっかい」
とつぶやいたが、恐れている様子はなかった。
「あれぞ鳳丸と凰丸です。さて我らも準備をしましょう」
と竹丸が出場者の場所へと案内した。
陽太たちが順番に会場である天狗の大畳という平たい岩の控えの場所に正座すると、相手の武術家たちもその前に座った。岩を挟んだ反対側だ。
陽太にまたも緊張が襲いかかってくる。
実際に戦うものと相対すわけだから当然であろう。
岩から少し離れた場所に櫓が用意されており、そこには畳が敷き詰められている。そこには三枚の座布団。その中央のよく見える場所に、大天狗。左側にに三峰の大僧正である松丸が座る。右側に九郎の大和尚である大丸が座った。
この大丸は物腰が柔らかく、カラス顔ではあるものの優しそうなお爺さんの風体であった。
歳は松丸の方が上らしいが、松丸は竹丸同様若い顔をしているので、種族の寿命もなんとなく分かる。
その二人は座布団より立ち上がって、天狗の大畳の中央によって固く握手をし、まるで兄弟か親友のように互いに微笑み合った。
「例え、これにて敗北して大天狗様の跡目が大和尚になろうとも、松丸悔いはございませぬ」
「それは、この大丸も同じこと。ともに修行した仲ではございませぬか。竹丸が不在の多数決などフェアではありませんからな。拙僧も義兄(松丸のこと)が大天狗様になられる方がふさわしかろうと思っております」
大丸の本音である。彼は本来は松丸が後継となって欲しい立場なのだ。
彼は松丸を兄弟子、義兄と尊敬している。しかしどういうわけか自分の郷より跡目争いが発生してしまい義兄のこと、郷のことに板挟みになりこの武術大会を提案したのであった。
松丸は大丸の肩に手を添え、互いに大天狗の方へ向いた。
「大天狗様。我らの誓いをお聞きになりましたでしょうか? 我らの弟子達が我らの代理で戦います。精一杯戦いますので、ぜひご覧下さいませ」
「うむ!」
またもドン。ドン。ドン。と太鼓の音。
二人は、櫓の上に戻り、座布団に腰を下ろした。




