第88話 跡目争い
「大僧正様。ヒナタさんと修行したいのですが?」
と竹丸が話を進めると松丸は、難しい顔をした。
「ふむ。実はのう……」
「ええ」
「ここじゃ、なにだ。お堂で話をしようではないか」
「は、はい」
大僧正松丸が指差したのは簡素なお堂。しかしそれは宙に浮いている。
陽太たちは、松丸について、空中に浮かぶお堂に上がって行った。
だが外見とは違い、中はとても広く、その中の一間に通される。
畳に火鉢が置いてあって、座布団が五つすでに用意されており、松丸に促されて陽太たちはそこに座った。
「へぇ!」
だが明日香は興味があるようで、すぐに立ち上がり辺りを見回していた。
「前に、鬼の屋敷に入ったときもこんな感じだったけど」
彼女が障子の窓を開くと、そこには金色に棚引く雲海が広がっている。
「すごい! すごい!」
と感動しながら、窓の外の雲を触ろうとする姿が陽太にはとてもかわいらしく映った。
それを松丸も楽し気に見つめる。だが竹丸は明日香がまた悪さをしないか気が気ではなかった。
「ほほぅ。無邪気なものですなァ」
「無邪気すぎて、いろいろ困ることもありますけど」
「神。でもありませんな。かといって悪神でもありません。すみませぬが、拙僧にはご正体はわかりかねます。しかしヒナタさまよりも彼の方と同じ力を感じますな。ほとんどが眠っておりますが」
「説明すると長いのですが……」
竹丸が言いかけると松丸は、パンと膝を打った。
「頼もしい助っ人でございます」
「助っ人と申しますと?」
竹丸が訪ねると、松丸は重い口を開いた。
「実はな大天狗さまが、とうとう神仙の御位に就かれることになったのじゃ。かれこれ二千年の修行の結果じゃな。二千年前は不都合があってなれなかったらしいのじゃが、とうとう、二千年ぶりに天が開く。そこに登れば大天狗さまもとうとう神仙。めでたいことじゃ」
神仙。陽太にはうっすらと聞き覚えのある言葉だった。
誰かも神仙目指してたと言っていた記憶とたどると、それは前野であった。
チラリと前野に目をやると、頭をさげて目立たないようにしてる。
陽太にはその理由が分からなかった。
松丸は話を続ける。
「それでのぅ、大天狗様が跡目を拙僧に指名して下さったのじゃ」
「おお! すごい! 大僧正さま。おめでとうございます!」
竹丸は祝福の言葉を述べたが、松丸は困った顔をした。
「しかしのう。九郎のものが反対してのう、多数決になったのじゃが、三峰からは萩丸、亀丸、福丸、富丸の四名、九郎からは東丸、天丸、紅丸、暁丸、輪丸の五人。結果、九郎の勝ちであった」
「なんですと!」
竹丸の言葉にコクリとうなずく松丸。
竹丸は息を飲む。
「では、ワタクシが不在だったからではありませんか!」
竹丸は天狗の郷では重役らしい。三峰の役員である自分が投票できなかったために兄の松丸は大天狗の跡目に就けないと思うと悔しくも哀しくもあった。
「しかし、それは言い訳にはならん。竹丸が不在になって早数十年じゃ。早めに役員を立てよと言うのを拙僧が怠ったせいである。こればかりは仕方が無い」
「そ、そんな……」
「しかしのう、もう一人の大天狗跡目候補である九郎の大丸和尚がのう、これでは不公平でありましょう。大天狗様の好きな武術大会にて決着をつけようと進言したのじゃ。これには大天狗様も大きくうなずきなすってのう」
「おお!」
と竹丸は膝を打つ。
松丸はそれにも困った顔をした。
「それが、本日なんじゃ」
竹丸は大きくズッコけた。
「そ、それで出場者は?」
「ふむ。それじゃ! 三峰は今まで通り大会では勝ち越しておるから心配いらぬ。知っての通り、威丸、強丸、瑞祥丸、歳丸、桐丸がおるからのぉ」
「おお。では全勝ですね」
といって、右手を上げてガッツポーズをとった。
「ところがこの五名、なぜか数週間前より病におかされ、出場できんようになってしまったのじゃ」
竹丸はまたまたズッコけた。
「大僧正様。早くそれを言って下さい!」
「そう! そしたら、本日、まさに天佑(天の助け)! 強そうなお客人と竹丸が帰ってきた!」
竹丸はフゥとため息をついた。
「まぁ、タマモさんとアッちゃんさんが入れば勝利間違い無しですが……」
ずっと聞いていた陽太は自分が数に入っていないことに口を曲げた。
優しそうな顔をしながら竹丸もはっきり言う。
「それで、相手方の選手は?」
「うむ。鳳丸、凰丸、鶴丸、鷹丸、鷲丸の五名じゃ」
竹丸は頭を押さえた。
「マジすか……」
「マジじゃ」
陽太は一人挙動不審だ。
二人の話は内輪過ぎる。その相手の選手は強いのか、自分は出場するのか、まだ分かっていない。
松丸は四人を見ながら笑って続けた。
「幸い、補欠の寅丸は息災じゃ。彼の者を入れて戦ってくれぃ」
「ちょ。ウチは戦うって決めたわけじゃ」
前野が戸惑って否定すると、竹丸は懇願する。
「タマモさん。郷の危機です。よろしくお願いします」
「うん……。まぁ……」
多少嫌そうではあるが、愛しい竹丸に頭を下げられたのでは仕方がない。
前野は嫌々ではあるが承諾した。その返事に松丸は大きな笑みを浮かべる。
「女性に手を借りるとは大変失礼ではございます。見れば手弱女。しかし、胸の内には巨大な力を感じます。大天狗様ほどの」
「まぁ、ね」
「きっと名のある仙人様か天女様なのでしょう。それが竹丸の細君となってくださるとはありがたいことです」
「はは……」
前野は義理の兄である松丸に強ばりながら笑顔を作った。




