第85話 池の幽霊
夜。陽太は死んだように就寝。
明日は早くから天狗の郷での修行だ。
しかし竹丸は眠れなかった。
というのも、いつもの夜遊び大好きな女子二人が未だに女子トークが終わっていない。
「やーん。じゃぁ、まだ結ばれてないんだ」
「そうそう。私、性別ないから。そしたらヒナタの情けない顔が面白くて面白くてぇ」
「あっはっはっはっは! 笑っちゃ悪いよぉ。ヒナタ、気の毒~」
「あー。面白かった。次に迫ってきたらどうしようかなぁ?」
「あんまりおあずけ食らわすのもカワイソウだよ? それに好きなんでしょ」
「そーだよね。次はもうちょっと考えてみる」
さすがにいたずら好きな悪魔。陽太のあのときの姿を笑っていたのだ。
竹丸は陽太を気の毒に思い、聞いては居れず立ち上がった。
「ありゃ。タケどうした? 寝てなかったの?」
「少し、外の空気を浴びてきます」
明日香の言葉に返答をし、竹丸は廊下に出て少し旅館の中を散策しようと思った。
薄暗い廊下。ロビーに降りてもフロントに立つものはいない。呼ばれたら出てくるというシステムなのだろうか。自動販売機の灯りが不気味だ。
竹丸はそんなものに怖さなど感じる男ではない。だが立ち止まる。
「ふむ。へんな気を感じますね」
竹丸が目をやったのは庭にある古い大きな池。
その中央に女性が浮いている。
といっても水面に浮かんでいるのではない。池の上に立っているのだ。
竹丸は池に近づいて、彼女に声をかけてみた。
「いかがしました」
「しくしくしくしく……」
見ると服装が古い。現代の衣装ではないことが一目瞭然だ。
土地に縛られた幽霊と考えるのが妥当であろう。
「泣かれても困ります。力になれるかもしれません。話してご覧なさい」
「はい……。私はこの近隣のもので「さよ」と申します。昔、草刈りをしているとき、この池の主の大蛇に引きずり込まれて以来、ずっと責め苦を受け成仏出来ないでおるのでございます」
「ほ、ほう。それは難儀なことです」
「どうか、この手を引いて私を池からお救いくださいませんか? そして、念仏など唱えていただければ、しかるのち成仏できると思います」
竹丸は自分の胸を叩いて笑顔を送った。
「ええ。ワタクシは僧侶ですから念仏も唱えられますし、幸いなことに蛇除けの呪符も持っております。しかし残念なことに、そこまで手が届きません」
「後生でございます。お坊様。どうか、どうか……」
竹丸が辺りを見回すと庭木を支える竹の棒が一本余っているようで縄でくくられていなかった。
それを手に取って女の方へ、その棒を伸ばしてやった。
「さ、これに捕まりなさい」
女がその棒に手を添える。しかし竹丸は棒を引くどころか、棒から手を離した。
女は長い棒を支えるのが重いのか、水の上で大きく揺らめいた。
「んん?」
「いかがしました?」
「ぼ、棒を引いて下され」
「そういう訳にはいきません」
竹丸はそう言うと、棒の上に飛び乗ってユサユサと揺さぶった。
「あああ、手が離れない」
「そうでしょう。そうでしょう」
女は棒を水平に持ったまま、竹丸の体重を支えねばならず、苦悶の表情を浮かべながらハァハァと荒く息をもらした。
「もう少しで正体が見えそうですね。そーら。そーら」
尚もゆさぶると、女はカラスに身を変じ、さらにクルリと身を翻すと火の玉の姿になって山の方に飛んでいってしまった。
それを見て竹丸は眉をひそめる。
「やはり」
そうつぶやくと池に浮かんだ竹の棒を庭に戻した。
あやかしが憐れな幽霊に化けて竹丸を池に引きずり込もうとしたのであろう。
「天狗の郷でなにが……」
そのまま、火の玉が飛んでいったほうを見つめていた。
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