第83話 楽しい夜
時間が動きだし、居合わせたものたちは何も気にしていないようだ。
止まった感覚さえ知らない。
陽太の母と旅館の女将は、四人を迎え部屋まで案内し挨拶をした。
女将のほうは、しばらくこの地域の案内をすると陽太の母に任せ暇乞いをして出て行った。
母親は職場が楽しいらしかった。
だが陽太のことが心配で、竹丸に面倒を懇願し、竹丸のほうもそれを快諾した。
それに安心し、ホッと胸を撫で下ろした。
陽太のほうは、竹丸や明日香のお陰で毎日が楽しいと伝えた。
「そう。ホントに知らない土地の知らない高校に入って、でもこうして皆さんと知り合えて巡り合わせですね。先生、よろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそ。ヒナタさんはまるで弟のようでして」
竹丸の回答はまさに模範的なものだったが、それは竹丸の本心であった。
母親のほうもその言葉にウソはないと思い、自分がいつまでもここにいれば楽しい旅行の邪魔になると出て行った。
四人は浴衣に着替え雰囲気を味わいながら、男女に分かれて温泉に向かった。
陽太と竹丸。裸の付き合いの開始だ。
竹丸は陽太の胸の中央にある赤紫色に穴が空いた痕を指差した。
「すごい傷跡ですね。やはり」
「……ああ。ですよね。もう気にもならなくなりましたが」
「そこにアッちゃんさんの心臓が埋められてるわけですね」
「なんか思い出しちゃいますね。でもホントにあんなこと現実におきるものなんだなぁ」
「ふふ。明日は天狗の郷でもっと現実離れしたものが見れるかもしれませんよ?」
「もうそんなに簡単に驚きませんよ?」
「ふっふっふっふ。ちょっとアッちゃんさんのようなイタズラ心が湧いてきちゃいました」
「そんな! あそこまで質悪くないでしょ?」
「はは。ですね」
そして四人は豪華な食事に舌鼓。
竹丸は、どうしても骨付きの肉が食べたかったらしく、地元牛のスペアリブのプランに交換していた。
普段冷静な割にそう言う欲はあるのだと陽太は若干呆れた。
そして、カリッコカリッコと音を立てて美味しそうに骨を食べる姿。
まさに犬そのものだが、みなゴクリとノドをならした。
「美味しそうだね。タケ。ちょっと頂戴」
明日香が竹丸の骨付き肉に手を伸ばした途端、竹丸豹変!
「ウゥゥゥゥゥーーーー! グルルルルルルーーー」
驚いて明日香は手を引っ込めた。
「ダメだよ。アッちゃん。タケちゃん食べ物のことになると」
「もう。タマちゃん、ウチ達も明日食べよう?」
「そうだね。明日はみんな骨付き肉にしようか。」
という二人のやり取りに、陽太は渋い顔をしていた。
自分の財布の中身が減ることに異常に反応している。
明日香の面白半分に食べる行為にイラついた。
庭の葉っぱでも食ってろと内心思っていた。
その後、みんなでまとまってもう一度温泉に入り、竹丸のおごりで売店にてアイスを食べた。
陽太は微笑んだ。父が死んで以来こんな旅行をしばらくしていなかった。
それもこの人じゃない友人たちとともにいることが最高に楽しかったのだ。
部屋に帰って、テーブルの前にみんなで座る。
前野はウキウキとした感じでビールの缶を開け、竹丸の方を向いた。
「タケちゃんは?」
「いえ。結構です。明日は修行ですから」
一人で飲むのは寂しいのか、明日香の方を向いてビール缶を突き出した。
「アッちゃんは?」
「ワインがあるなら」
そのやりとりを聞いて竹丸の目が冷たく輝く。
「アッちゃんさんは未成年でしょう」
「見た目はね。少なくともタケより生きてますけどぉ~」
だが睨みつける竹丸。
明日香は目をそらして口を尖らせた。
「はいはい。分かったよ!」
そう言って、陽太にお茶をつぐように促す。
陽太は物わかりのいい召使いのように即座にお茶をそそいだ。
明日香にとって竹丸など赤子の手を捻れるように倒せる相手だ。
面白くないのならそうすればいいのだが、それはしない。
親友の前野に嫌われたくない。
前野は前野で、年下で妖力も少ない竹丸にぞっこんだ。
彼の男らしさ、中立さに完全に参ってしまっているのだ。
だから明日香は竹丸に危害を加えない。
竹丸はそれを知ってか知らずか、この中でリーダーシップをとれるのだ。
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