第75話 三つ目の願い
陣内がラティファを肩に担いで家路についていた。
ラティファは陣内に申し訳なさそうに
「重くないですかご主人様」
「うん。大丈夫。オレは世界一の男だからさ。」
「んふ……。そーだった」
「ラティファ」
「え?」
「死を覚悟していなくなったとき、オマエがいなくなるのがすごくイヤだった」
「え? いなくなった? そーなんですか?」
「そうだよ。浅川を別次元に引っ張り込んで」
「そーだったんですね。憶えてません」
「なんでだろ? でも無事で帰って来れてよかった!」
「それに、あの人魔人じゃなかったのかも。私の勘違いだったのかもしれません」
「そうか……」
ラティファの中から陽太への悪感情は消えていた。
それは、陽太の魔法がかけられたかどうかは分からない。
だが、あの時の優しい手のぬくもり。
自分が信仰する神の慈悲にも似ていたのだ。
「さて。三つ目の願い叶えられなかったから。改めて三つ目いきますか?」
ラティファは陣内に三つ目の願いを再度聞き直した。
「そーだな」
「はい」
陣内はしばらく黙ってしまった。
赤い顔をしながらラティファを肩から降ろして正面に立つ。
「好きだぞ? ラティファ」
「ま!」
「うん」
「ああん! 結婚前にそんな! アラーに怒られちゃう!」
「そうだな」
「それじゃぁ、あの。三つ目の願いは……?」
「うん。三つ目の願いだ」
「はい……」
「ラティファを皿から解放し自由にします」
「え?」
「ホラ、早く!」
「だって、あたしと結婚したいんじゃないの?」
「うん。それはラティファが自由になればできるだろ?」
「だって、あたしムスリマだし……」
「宗教は乗り越えよう」
「ダメだよ。アラーは裏切れない」
「じゃ、オレがムスリムになれば良い話しだろ?」
「ああん! 日本人は神を簡単に考え過ぎ!」
「いいから! ホラ! 自由になってカフェでいつまでも話しをするんだろ?」
「それから……。ご主人様に叶えた願いは無限じゃなくなっちゃうんだよ? 有限になるの。期限付き」
「まぁ、それはしょうがないな」
「そっか」
「うん。キミといたいんだ」
「分かった」
「うん」
ラティファは陣内に向けて軽く3回ウィンクをした。
途端に、ラティファに光の渦が巻きはじけるように消えたのだった。
「やった! やった! やった! もう、自由! 自由だぁ~! あたしを縛り付けるものはなにもない! 誰の願いを叶えなくても済む!」
「よかった!」
「ちょっと! ご主人様。何でもいいから祈ってみて」
「な、何でもいいからって……。急に思いつかないよ」
「何でもイイよ! 海の水を消せとか」
「じゃぁ……海の水を消せ」
「お断りします」
そう言って、陣内の顔の前に小さな手を扇のように広げた。
「プ」
「うふふ」
「あっはっはっはっは」
二人は腹を抱えて互いに笑いあった。
幸せ。それはすぐそばにあったのだ。
「じゃ、ご主人様、帰りましょーか」
「そーだな。」
陣内の手がラティファの手に伸びる。
冷たい感触。だが心地よい感触だ。
やはり水の化身だから体温が低いのかもしれない。
「んふんふ」
「ところで、オレの有限な能力っていつまでなの?」
「そうですよね。ざっと100年ってとこかな?」
陣内はスッ転びそうになった。
「それじゃ、一生じゃん」
「そーよね。んふふ」
「さ~て。オマエのこと母さんになんて言おう」
「ご厄介になります。ご主人様」
悩ましいことだ。両親に突然婚約者と住むと言わねばならない。
正直に言って分かってくれるかどうか。
だがきっと分かってもらえるように努力する。
陣内は拳を強く握った。
「将来の夢、決まったわ」
「どんなの?」
「中東の外交官」
「ま! いいじゃないですか」
「陣内アラタ外交官の妻はこちらが出身です」
「うんうん」
「よし! それに向けて勉強頑張るぞ!」
「お願いしまーす」
その言葉を聞いて、陣内はラティファに一つだけ軽くウィンクをした。
「それがキミの一つ目の願いだね」
「ま! ご主人様にはこれからどんどんお願いしちゃうかも」
「オレは三つなんてけち臭いこと言わないぞ」
「頼もしいご主人様」
二人は陣内の家の中に入って行った。
両親に彼女を紹介するのだ。
留学生だが意気投合して婚約したというその場しのぎのウソに、今まで勉強しかしてこなかった息子が急にイキイキしているように感じ、両親はそれをすんなりと許したのであった。
少し時間を戻して話たいことがある。
竹丸と前野のことだ。
なぜ二人は恋人となったのか。
次回「番外篇 前野と竹丸」。
ご期待ください。




