第72話 二人きり
二人の様子など知らず、明日香は前野に向かって手を振っていた。
「じゃーね! タマちゃん!」
「うん。また明日~」
竹丸も陽太に向かって檄を飛ばした。
「ヒナタさん。さっきの件は調べておきますが、勉強もちゃんとしてくださいよ!」
「わかってまーす! じゃーね! 竹丸さん」
「はい、さよーならー!」
竹丸と前野は去って行った。
道に立って、明日香の方を見つめる陣内。
しかし明日香は、陣内を一瞥もせずアパートに入ろうとしていた。
陣内は、走って二人を追いかけた。
陽太と明日香はアパートの階段を登りきる手前だった。
「路道さん!」
その声に二人は振り返る。
「ん? あれ?」
「ああ、陣内くんか」
「どーしたの? こんばんわ」
ぺこりと陣内に向かって明日香が頭を下げる。
全く惚れた風は感じられない。
「浅川くんになにか術をかけられてるんだ! 来なよ! オレの方に!」
明日香は、深く横に首をかしげ、陽太の方を見た。
「そーなの?」
「プッ」
二人して大笑い。そして、妖しい笑みを浮かべながらゆっくりと陽太が階段を降りてくるように見えた。
「どうしたの? 陣内くん。勉強のやりすぎ?」
陣内は運動神経は世界トップクラスかも知れないが相手は魔人。ラティファのような魔法を使ってきたらどうするのだとハッとした。
もう陽太の攻撃範囲に入っているのかもしれない。
「さっき三峰先生とも話してたんだけど、今日のスポーツテスト。すごく早かったじゃん? キミ」
まずい。このままではやられてしまうかもしれない。
「路道くん。こっちに来るんだ!」
「なんで?」
「キミは、オレのことを。あ、あれ?」
チラリと、ラティファの方を見る。
彼女は指でバツのサインを送っていた。
完全に階段を降り切った二人。陣内の見つめる方を見ると、中東の女性のような若い女の子が物陰に隠れている。
「お友達?」
陣内は、両手を前に出して二人を遮った。
「ちょ、ちょっと待っててくれるかな?」
陣内はラティファの方に駆け寄る。
「なんだよ。オレに惚れちゃってないぞ?」
「うん。おかしいね? 魔法は確実にかけてるんだけど。アイツが近くにいるからなのかも」
「そうか。浅川のヤツ」
「ご主人様」
「え?」
「彼女と幸せになってくださいね。」
「え? え? ラティファ。何を」
「あの魔人に戦いを挑みます。戦いに敗れてもあの魔人は閉じ込めて出てこれないようにするので安心してください」
「ちょ、ちょっと! ダメだよ!」
「ご主人様」
「う、うん」
「私、ご主人様が好きでした。どうか私の事忘れないで……」
「ら、ラティファ!」
ラティファは陽太に駆け寄るとその手を取った。陽太にすれば陣内の友達に突然手を取られたのだ。驚いたのも無理はない。
「え?」
と一声挙げる。ラティファが空間に手をやると裂け目ができて、陽太を引っ張り込んでその中に入ってしまった。
裂け目はすぐに閉じてきれいさっぱり二人は消えてしまった。
今度驚いたのは明日香の方だった。
「ありゃりゃ!」
その驚く明日香に陣内は近づいた。
「ろ、路道くん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラティファに別の空間に引っ張り込まれた陽太は訳も分からず辺りを見回していた。
「え? ここどこ? アスカァッ!」
またもや不思議なことが起こったのだ。陽太にとって頼りになるのは明日香だけ。
彼女の名を叫ぶが返答はなかった。
しかし、陽太の他にそこにもう一人いた。
「いつまで人間の振りしてんの? あんた、なんの魔人?」
「え? え? 魔人って? あなたはダレ?」
「アンタが彼女に魔法をかけて奴隷にしてるのはこっちにはわかってるから!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! そんなことしてない!」
ラティファは、問答無用とばかり手のひらから水の玉をとりだして、陽太に投げつけた。
陽太はそれを軽々とジャンプして避けた。
そのジャンプの高いこと。普通の人間ではありえなかった。
「やっぱりね。普通じゃない。普通の人間じゃ」
「そりゃどーも。修行したんでね」
「ご主人様を! 好きな人と! 一緒にさせる!」
またも数弾の水の玉を投げつけた。
陽太は前野から武術を習っていたので、軽々とそれを避け、ラティファの前に降り立ちおでこをペチリと叩いた。
「あの~。元の世界に帰してもらえます?」
ラティファはおでこを抑えて勝ち目のなさそうな相手の顔を睨みつけた。
「あなた、何者?」
「フツーの高校生です」
「イフリートやダオじゃなさそうね。全然その手の力を感じないもの」
「だからフツーの人間なんだって! 逆にアンタは? 悪魔?」
「んなわけないでしょ! 逆の立場にいるものよ!」
「つーと天使?」
「いや、魔人……。魔ってついてるけど、精霊。そう。精霊よ。水の化身」
「ま、どうでもいいや。元に戻して」
「そうだね」
陽太はその言葉に油断した。
そのスキをラティファは見逃さなかった。
陽太の顔を水の玉で包んでしまった。
「うぐ!」
「それで、窒息してしまいな!」
水が陽太の顔全体を覆っている。息が出来なくなった陽太はその場でジタバタともがき始めた。




