第71話 悪の魔人
スポーツテストは終了した。
陣内の友人たちはカラオケ屋で残念会をやろうと言ったが、陣内はその気にはなれなかった。
誰のせいでもないが、もう明日香に告白することも許されない。
肩を落として家に帰り部屋に入る。
そして、銀色の皿を見つめた。
「ラティファ。いるんだろ?」
すると陣内の前にスゥっと水の化身のラティファが姿を現した。
「えへへ……」
「どうしてだ? 世界で一番のオレがたかだかスポーツテストで平々凡々な男に負けちゃったんだ? まぁ、あいつも100m走では高校生でトップクラスだったけど」
「うん。考えたんだけど。あの男、ちょーっと気になる」
「と言うと?」
「転んで起き上がった時、あの男からものすごい魔力を感じたの。そしたら、たった一歩でご主人様にグァって近づいたんだよ。その後、魔力はフッと消えたけど、スピードはご主人様より上だった」
「え? え? え? 浅川が?」
「うん」
「ということは」
「うん。あいつ、あたしと同じ魔人かも? それも、あたしみたいに敬虔なムスリマ(女性イスラム教徒)じゃない。非ムスリム。アラーの信仰がないやつ。あたしたちは、もともと魔性のものだったんだけど改宗して善行を積むために三つの願いを叶えてるの。でも、あーゆーやつらは悪い魔人だから魔力を使って好き勝手に過ごしてる。人間の世界に溶け込んでご主人の好きな人を操ってるの」
「えー……。んなアホな」
「うん。あのカワイイ子に憑りついて、奴隷のように使役してるのかも」
「ん? そー言えば、同棲して……朝までエッチしてるって路道さん自慢げに言ってたな」
「キャー!」
「なに?」
「そんなこと言うような子なの? ま! いやらしい! やっぱりそうじゃん! 問題はあの男だったのね! そうとしか考えられない! そーか」
「そうなのか? ラティファがいうならそうなのかも」
「やっかいなやつの女の子に惚れちゃったわけだ。あーん」
陣内は拳を握って立ち上がった。
「路道さんを救う!」
「え?」
「そーだよ。そんなヤツだから、そんな賭けみたいなことしてオレを諦めさせるように路道さんを使ってやらせたんだ!」
「なるほど。そこでも魔法を使ってたのか」
「浅川め……。絶対に許せん!」
「でも、正面から行ったら勝ち目ないよ?」
「そうなの? ラティファでもどうにもならない?」
「魔人の質にもよるよね。イフリートなら勝てるかもしれないけどダオだとこっちがやられる確率大」
「また訳の分からないこといいだしたぞ? なに? イフリート?」
「あん! 頭いい癖に知らないことも多いんだから! イフリートは炎の化身。あたしは水の化身のマリッドだから、勝てるかも知れないけど、ダオって土の化身だったら魔力を奪われちゃうの」
「なるほど。昔やったポケモンでもそんなのあったなぁ」
「うん。なんでもいいけど」
「じゃぁ、どうすれば?」
「そいつに会いに行こう」
二人は家をでた。そして陽太のいるアパートへ。
アパートへ着くと、外に人の影がある。
そこには三峰竹丸の姿もあった。
「今日、100m走を担当した先生の声も聞こえる」
「やっぱり操られてるんだ。」
「うん。ますます確信が強くなってきた」
物陰から見てると、竹丸の横に立つ美しい女性前野もいる。
その二人を送りに来たのか、陽太も明日香の姿もあった。
ラティファは三人の様子をじっと見ていた。
「なにかわかるか?」
「いや魔力を感じられない。普段はこうやって人間に溶け込んでるんだね」
楽しそうに話している四人。
陣内はやはり明日香の様子に見とれていた。
しかし、もう手が届かない。あの陽太に奴隷のように使役されているのだ。
あの部屋の中で。
嫉妬の渦がグラグラと沸騰した。
「なぁ。ラティファ?」
「なに?」
「やっぱり、路道さんを正気に戻すために、彼女をオレに惚れさせることできないかな?」
「え?」
「オレ、彼女を救いたい!」
「……だって一生ご主人様も彼女を愛さなきゃならないんだよ?」
心が動いた。戸惑う陣内の心。
ラティファの優しい笑顔。いたずらに笑う声。
宗教は違うが、可愛いラティファ。
なぜか目の前にいるラティファに罪悪感を覚える。
しかし、自分の心を否定した。
ラティファは魔人で自分は人間ではないか。
過ごす世界が違う。明日香は人間だ。
彼女と一生を誓うために皿を磨いたのだ。
当初の予定通りだ。
「ラティファ」
「うん」
「三つ目の願いだ」
「ダメだよ。ダメダメ」
「路道アスカをオレに惚れさせろ」
「ああん!」
ラティファは下を向いてため息を吐いた。
「頼む」
「…………」
「救いたい!」
「…………」
「救いたいんだ!」
「……分かったよ……」
「うん。ゴメン」
ラティファは陣内の顔を見つめた。
しばらく見つめ合う二人。
ラティファの目から、両方目から二筋涙がこぼれて行く。
ラティファはそれを断ち切るように軽く三回ウィンクした。
「……はい」
「うん……」
陣内は、明日香を見つめた。




