第70話 スポーツテスト
一夜明けてスポーツテスト当日。
陣内は日本記録とか、世界記録とか出してしまうと面倒なので適当に力を抜いて臨んでいた。
それでも学校新記録勃発。
みんなにキャーキャー言われて楽しい思いをしていた。
しかしその反面、ライバルである陽太の方を見る。
彼は握力測定をしていた。
「握力32kgか。すごいほうッスか?」
「全然。フツー」
「あ、そうですか」
そんなやり取りを見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「平々凡々。でも獅子兎を捉うるに全力を尽くすだ」
そう言って靴紐を固く結び陣内は100m走の記録のところに歩みを進めた。
担当は教諭の三峰竹丸。
「はいはい、順番に並んで~。はーい。キミはこっち。キミはこっち。二人並んで記録取るからね」
そう言って並ばされた隣には陽太。
驚いたが、ちょうどいいと思った。相手に合わせて力も抜ける。
考えていると、陽太の方から話しかけてきた。
「あの」
「……ああ」
「アスカがなんか言ったみたいだけど」
「……負けないから」
「え?」
「路道くんのこと好きだから」
「あ。そう……」
会話を一方的に断ち切った。その時、陽太に後ろから話しかけるものがいた。
「おーい。ヒナタ?」
明日香だった。陽太を5mほど引っ張って行って何か話してる。
その間に陣内の仲間たちが彼を大声で応援してくれてた。
「アラタ頑張れ~」
「おーう」
その時、陣内の後ろからも声がした。
「ご主人様?」
振り返ると運動着姿にマスクといったいでたちのラティファがそこにいた。
陣内はあまりの可愛らしさに心がグラついた。
白いTシャツにとても胸が強調されていたのだ。
「全力で走って下さいね! あたし応援する!」
「うん。ありがとう」
「相手の男に邪魔しちゃう! 絶対勝ってね!」
「いや、邪魔なんて不要だよ。大丈夫」
なぜか、ラティファの目に輝くものが見え、気になったがそこに陽太が戻ってきた。
二人でクラウチングスタートの形をとると、係の生徒が空に競技用の銃を構えた。
「では、位置について。よーい。スタート!」
乾いた音が空になる。二人は走り出した。
ザシャ!
陣内の横で砂を滑らす音がしたので後ろを振り返ると、陽太が倒れていた。
おそらくラティファが魔法でやったのだろう。
余計なことをしなくとも勝てる。物凄いスピードだ。
しかし、陸上記録を塗り替えないように、力を抜きながら走る。
陽太は後ろで無様に倒れている。勝ちはすでに拾ったようなものだ。
「ヒナタ! しっかり!」
「おう!」
明日香の声援を受けて、陽太が立ち上がったことを陣内は感じた。
だがこの距離は詰められるはずはない。
はずはない。
しかし隣に並んでいた。
「おいおい見ろよ」
「なんだ?あの二人」
力を抜きすぎた?
と陣内は思ったのだ。気持ちを改め本気で走る。
しかしおかしい。
差が縮まらない。
二人で砂煙を上げながら竹丸のいる地点に到達。
「ゴール!」
最後の一瞬。
陣内は間違いなく全力だった。
しかし、陽太の胸が自分より前に出ているのが見えたのだ。
抜かれた。この大事な一戦を。
陣内はその場に倒れて寝転んだ。
「ハァハァハァ。」
息を荒く吐き出す陣内の横で、陽太は竹丸に余裕で近づいてストップウォッチを覗き込んだ。
「タケ……、三峰先生。何秒ッスか?」
そんな陽太を竹丸は睨みつけながら言う。
「8.92……」
人の枠をはみ出した記録だ。竹丸が恐れていたこと。
目立つ存在になってはいけないのだ。
竹丸の言葉が陣内にも届き、彼は驚き起き上がって声を上げた。
「え?」
すっとんきょうな声。だが、竹丸は涼しい顔でごまかした。
「浅川くんが10.92で陣内くんが11秒だ。つけといてください」
陣内がうろたえていると、彼の仲間たちがスマホを片手に竹丸の元に集まって来た。
「せんせー!」
「なんですか?」
「オレ、タイム計ってたんですけどね? アラタ9.06だったんスけど」
そう言って、竹丸にスマホを向ける。たしかに9.06。だったら陽太はもっと早かったってことになる。
その時。
ガラガラピシー!
と晴天のくせに学校の避雷針に雷が落ちた。竹丸の雷鳴の術。コントロールをきかせてごくごく小さいものだ。
竹丸は涼しい顔をして空を見上げた。
「うーん。どうやら天気が不安定で電磁波が変に作用したのでしょう。そのスマホの方は記録がおかしいことになってたみたいですね。でもこっちのはアナログに近いから。だって、9.06? ありえないでしょ? 世界記録を大幅に縮めてるんですよ?」
「あ。そっすよねぇ」
「それに、スマホは授業中は持ち出し禁止のはず。自分のロッカーに入れなくてはならないきまりです。これは先生が預かります。放課後取りに来るように」
そう言って、スマホを取り上げてしまった。
今度は陣内が質問してくる。
「先生! 先生! 先生!」
「聞こえてますよ? なんですか?」
「でも、浅川くんはスタート地点で転んだんです。それで10.92ってすごくないですか? 転んでなかったらもっと早かったってことですよね?」
「そうですね。じゃ、浅川くんだけアゲイン」
「え?」
「ちゃんとした記録をとりましょう。もう一度スタート地点へ」
「はい」
竹丸の視線が陽太に伸びる。思わず震えるほどの視線だ。
「わかってますね!」
「はい……わかっています」
陽太は、一人で再スタートを切った。
早い。手を抜くといっても陣内の記録は上回らなくてはならない。
11秒。それをクリアしなくてはならないのだ。
さきほどまでのテストでは手を大幅に抜いていたが今回ばかりは通常の高校生より上回った力を出した。
ゴール。竹丸がストップウォッチを見る。少しばかり眉間にしわがよった。
「10.99。書いといて」
陣内の記録よりも0.01秒少なめに記録係に伝えた。
本当のストップウォッチの数字には9.97。
これをそのままいう訳には行かなかったのだ。
陣内はまたも異を唱える。
「え? え? え? だって、さっき10.96って」
「さっきのはノーカウントです。ハイ、二人とも次のところに行って」
「ちょ! オレももう一度計らせてもらっていいですか?」
「ダメですね。陣内くんは転んでない。次・の・と・こ・ろ・に・行・っ・て!」
竹丸の剣幕に負け、仕方なく陣内は次のところへ移動しようとすると、そこに仲間が駆け寄ってきた。
「おいおい、でもすごかったぞ?」
「ホント、ホント。気にすんなって」
ゾクゥ……。
そんなイケメン軍団たちの後ろに禍々しい空気を感じ、彼らは振り返った。
「あちゃー。惜しかったね~。ヒナタは朝まで頑張っちゃう男だから腰の力があるのよ」
「朝まで……」
「腰の力……」
ウソは言っていない。京都から600キロメートル、朝まで頑張って走り続けた。もちろん腰の力はあるのだ。
「ま、ということでもう二度と陣内くんは私と付き合いたいとか言わないでね~。じゃ、残りのテスト頑張って~」
明日香はそう言いながら手をヒラヒラさせて去って行った。
陣内に落雷が落ちたような衝撃。
契約書がある。それが履行されてしまった。
自分は人類で一番のスポーツ能力を持っている。
それが11秒。練習でも10秒だったものが。
手を抜いたばかりに。悔やんでも悔やみきれなかった。
陣内のそんな思いをよそに、仲間たちは明日香の言葉であらぬ想像を浮かべていた。
「まぁ、アラタはいろいろと能力あるけど……」
「そーか。路道はそっちの力が好みだったのか……」
品のない想像に陣内の脱力はますます大きくなった。