第64話 一つ目の願い
二人の体がビルから転げ落ちるが、フワリと体が浮く。
陣内は気を失っているようだったがラティファに頬を叩かれて空中で目を覚ました。
「だ、大丈夫? う、うわ! 空中だ!」
陣内は驚いて溺れるようにもがいたが、その姿をラティファが笑ってみていることに気付いた。そして魔法で空を飛べることを思い出した。
「な、なんだ。飛べるんだったね」
「そーですよ。ご主人様ったら無理しちゃって」
「そーだよね。はぁ。でも良かった」
「あの。あーりがと……」
お礼の言い方が下手くそだった。赤い顔をしてモジモジと下を向いているようだった。
「いや。助けにならなかったね。結局はラティファの力だし」
「……いえ。あたしドジなんだけどご主人様にこんなことされるの初めてで……」
「そうなんだ」
「あの。あの。……帰りましょーか」
「そうだね」
ラティファはモジモジしながら陣内の前を飛んだ。
陣内が顔を前に向けると、服の上だがラティファのムッチリとしたお尻があった。
あまり女性がそばにいたことがない彼はそれも恥ずかしくまた赤い顔をして首を横に向けた。
二人して、夜の暗闇を家に向かって飛ぶ。
陣内は前を向くとラティファのお尻があるので横を向いたまま。
だが、それだとバランスが悪かったらしく、空中でおぼれるようにもがいた。
「もう。仕方ないなぁ」
ラティファは陣内の手を強く握った。
陣内の顔がポッと赤くなる。
「ご主人さまは少し運動神経が人より足りないのかもね」
「う、うん」
それどころではなかった。
彼女の冷えた手。水の精霊だから体温が少ないのかもしれない。
だが心地よい冷たさだった。
陣内は初めて繋ぐ女性の手にただ顔を赤らめて下を向いた。
「あたしがご主人さまを引っ張るよ。それでいい?」
「う、うん」
ラティファに手を引かれて家路につくのは数分の間だけだった。
陣内の心に少しばかり残念な気持ちがあった。
開けられた窓から入り込み、フワリと床に着地した。
「そーだ。さっき、……彼女が欲しいって言ったよね? だったら自分の能力を上げてみたら?」
ラティファは開口一番提案した。
「え? どうやって?」
「ケンカ強くするとか」
「ばかみてー」
「ま!」
「動物だったら、そうゆう求愛もあるよ? ケンカしたり、ダンスしたり、キレイな歌を歌ったり。でも人間はもっと複雑でしょ? 一人の女の子を真剣にゲットするって並大抵じゃない」
「へー。ご主人様はなかなか頭がよろしいようで」
「それに、彼女には彼氏がいるし」
「そーなの!? へー。略奪じゃん! かっこいい! いよ! ご主人様!」
なぜかラティファの言葉が嫌味に聞こえる。
陣内は多少ムッとしながらも話を続けた。
「平々凡々なやつだったんだけどね。彼女とは同棲してる。なんであんなヤツが? みたいな」
「だったら、簡単じゃん。振り向いてもらえるようにご主人様のカッコいいところを見せればいいんだから」
「かっこいいとこ? どんな?」
「頭よくするとか?」
「オレ、東大目指してて学年でも5位に入れるレベルなんだけど」
「へー。じゃぁ、もっととか?」
「いや、別に頭はいいや。そいつより全然いいし」
「じゃぁ、スポーツとか」
陣内は先ほど見せた空での無様な姿を思い出し、赤面した。
「……うん。それは苦手。超運動音痴」
「ほう、それはそれは」
そう言って、ニヤついた顔を浮かべる。
なんともイタズラ好きそうな顔だ。
「じゃぁ、それで行っちゃいますか」
「そーだなぁ。恋人もお金もダメなら」
ラティファはその言葉を聞くと、陣内に向けて軽くウィンクをした。
「え?」
「はーい。おしまい。これでご主人様は人間ではトップクラスの運動能力をもつ男になりました。オリンピック金メダル間違い無し!」
「うそだろ。なにも変わりばえしないけど?」
「じゃ、ほら。できなかったこととかやってみたら?」
「じゃ、前転……」
「……マジ?」
「うん……」
いわゆるでんぐり返し。
これすらできなかった陣内。
ラティファは呆れながら部屋のスミに移動した。
陣内は部屋の真ん中で前転してみることにした。だがあまりスペースがない。
心臓がドキドキする。けっこう怖い。体を壁や机にぶつけることが心配だ。
そう思いながら床に頭と手をついて、回転をした。
コロリン
「あれ?」
黙ってそれを見つめたままのラティファ。陣内は一人喜んだ。
「すげぇ!」
「ハイハイ。じゃ、後転もやってみたら?」
言われてその場で後転。
陣内の中に押し寄せる感動!
小学生の時から出来なかったことが。
陣内は楽しくなって倒立。
そのまま倒立前転。
さらにはバク転、バク宙。
なんでも簡単にできる。
「どーよ? 疑り屋のドングリ」
「すげー! こりゃすげーよ! 体が軽ぃいー! 楽しぃいー!」
「ま、その能力をならして、文武両道ってところを彼女とその彼氏とやらに見せつけてやりなよ。圧倒的な力をさ!」
「うん!」
陣内は楽し気に頷いた。




