第61話 走破
普通に聞いたら大変な距離だが、やはりグラシャラボラス先生に魔法をかけてもらった体だ。
スピードも体力も依然と全然違っていることに気付いた。
陽太は最初からあきらめずに竹丸と走ればよかったと思った。
貴重な呪符を使ってしまい自分の甘えた気持ちが嫌になった。
走っている途中、竹丸はいろんな話をしてくれた。
天狗の術、道具、天狗の郷。
兄の松丸のこと。
天狗の郷ではかなりの高位な僧侶の方らしい。
竹丸も郷では僧侶の位を持っていた。
兄弟でそのような人物だ。陽太はやはり尊敬できる人は違うと思った。
結局、公共機関は使わなかった。
そこは、竹丸の金だ。陽太はなるべく甘えないようにしたのだ。
なるべく金を使わないで。
二人はとうとう月曜の午前3時に部屋に到着した。
「ではヒナタさん。おやすみなさい。しっかり体を休めてください」
「はい! 竹丸さんも!」
竹丸と別れて、陽太は部屋のドアを開けた。
しかし、陽太は驚いた。
明日香が。
明日香は。
陽太のベッドに眠っていた。
「スゥスゥスゥ」
陽太は明日香の体を揺すった。
「おい! おーい。アッちゃ~ん。君がベッドに寝てたら、オレが寝れないでしょ~」
普段眠らない明日香がベッドを占拠している。陽太は疲れた体をすぐに休めたかったのだ。
明日香は陽太の呼び声にフッと目を覚ました。
「ん? ヒナタ?」
「た、ただいまぁ。600キロ走って来た」
「ふむ。さようか。余は眠い。明日話しを聞くとしよう」
「え? え? え? アッちゃ~ん。なんで寝るの? オレを寝かせてよぉ~」
「うるさい」
「ハイ」
明日香はまた寝息を立てて寝てしまった。
「ひどいよぉ。普段は寝ないのにぃ」
陽太は、そんなことを呟きながら床にクッションやらなにやら集めて床に敷き、クローゼットから冬用のコートをかけて寝た。
朝。陽太は極度の筋肉激痛。
そして、疲労の体を休められず、発熱していた。
「ふむ。だらしない」
そんな姿の陽太を明日香はゴミを見るような目で見た。
「まぁよい。ベッドを貸してやろう。そこで寝ろ。余は学校に行って参る」
「ハイ。イデデデデ」
陽太は床から激痛の体に鞭を打って起き上がり、まだ明日香のぬくもりが残るベッドに体を倒した。
「帰ってくる前に直しておけ。バカものめ!」
そう吐き捨てて明日香は部屋から出て行ってしまった。
「なんで、こんなにけなされなきゃならんの? ベッドは元々オレのだし。あー眠い」
陽太はそのまま泥のように就寝した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外に出た明日香は学校への道を進む。すると目の前に見覚えのある背中があった。
「あれ? タケ」
「あ、アッちゃんさん。おはようございます。おや? ヒナタさんは?」
「あ~。ヒナタはダメだよ。超筋肉痛で熱まで出てる。弱ったれなんだよね~。ハァ」
「いやぁ。普通の人間には600kmは走れませんよ?」
「そうなの? 日本はこんなに小さいのに?」
「そりゃそうでしょう」
「そうなんだ。ふーん」
「本日。薬を届けるとしましょう」
「タケはタフだね~。少しは寝た?」
「そりゃ、寝ましたよ。30分くらい?」
「タマちゃんと何かしたな?」
「心配してたようで泣かせてしまいました」
「それで?」
「それでって。まぁ、いろいろと」
「色事と?」
「いろいろですよ。やだなぁ」
「あは! 面白い。タケもちゃんと休息しないとね」
「ハイ。今日はぐっすり眠りますよ」
竹丸は走ったことなど平気の様だった。いつもの竹丸だ。
明日香はこのたくましい仲間がうれしくなり腕に組みついた。
「ちょ! アッちゃんさん。生徒と教師がそんな姿を見せてはいけません」
「あ。そうか。ゴメン。ゴメン」
明日香はすぐに手を離した。二人な仲良く学校内に入って行った。
だが、その後ろ姿を見つめる者があったことを明日香は気付いたのだろうか?
その者も、明日香を追って学校内に入って行った。
陽太を憎む者がいた。
明日香に恋する男。
彼は不思議な力を手に入れた。
次回「三つの願い篇」
ご期待ください。




