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第60話 弟、梅丸

陽太と竹丸は、深山を下りて部屋を目指して走り出した。

それだけでも陽太はものすごく体力を消費した。

だが、竹丸は元気に走り出す。

陽太はその背中を追いかけるしかない。竹丸にすら置いて行かれたら大変だ。


「ハァハァ、竹丸さぁ~ん。部屋まで600キロくらいあるんですよねぇ?」

「ええ、そーですね。頑張りましょう!」


600km。その距離を走る。

期限が36時間ほどしか無い。

時速20kmくらいで走り続けないと、無理だ。

休息はどうなるのか。


涼しい顔して竹丸は無茶なことを言う。陽太は息を切らしながらそう思った。


とりあえず夜なので公共機関を使用せず、最初はとにかくひたすら走り続けた。


「ハァハァハァ。あの」

「はい?」


「や、やっぱ無理っす~。こんなの1日で走り切れないっす~」


陽太は広い歩道に大の字になって寝転んだ。そこに竹丸が近づいて来た。


「おやおや」


陽太は息を切らしながら空を見上げた。


おやおやではない。

陽太は普通の人間。ではないかもしれないが、600kmの道のりを走りきれるわけがない。目的が遠すぎるそれだけでもう投げたしたい気分なのだ。


「仕方ありませんね」


竹丸がまたもや道具袋を探って出てきたものが、2枚の短冊のような紙だった。


「大変貴重なものでして、もう2枚しかないのですが。そうですね。今度天狗の郷にいったらまた仕入れるとして使ってしまいましょう!」

「なにそれ? 俳句を書く紙みたいな」


「天狗の秘術が使える呪符です。他に必要なものがないので効果はそれほどはありませんが“縮地の術”が使えます」

「しゅく……なに?」


縮地しゅくちの術ですよ。道具が揃えばアッちゃんさんみたいに瞬間移動できますが、道具自体が大変貴重なので。呪符だけだと、1歩で5歩分歩けるとか、そんな感じです」

「え? じゃぁ、距離が5分の1になるんですか?」


「そう考えて頂ければ」

「なぁんだ! 竹丸さぁん。早く出してよ~」


「スイマセン。大変貴重なものだったので」


竹丸は筆を取り出して墨をすりスラスラと呪符に文字を書き出し、書いたものを一枚ずつ陽太の両足に貼付けた。


「あれ? オレのだけ?」

「ええ。二枚しかないので」


「だって、竹丸さんのは?」

「ワタクシ、600kmくらいなら走れますよ。では、参りましょう!」


そう言って、陽太の背中をポンッと押した。

一歩踏み出してみると、ものすごい勢いで景色が変わる。

陽太が驚いて横を見ると、竹丸さんが涼し気な顔で付いてきている。


改めて竹丸の凄さに驚いた。


ギュイーン。ギュイーンと進んで行く。

日曜の朝方には、半分以上を踏破していた。


「あそこの公園で休息を取りましょう」

「オーケー」


近くのコンビニで飲み物や食べ物を買って、ベンチに腰掛けた。


「やはり、人間でトップクラスのだけあります。思った通り。縮地の術を使わなくても全然大丈夫だったんじゃないですか?」

「うーん。そうかも」


「ふふ。まぁ、まだその体を使い慣れてませんもんね」


休息や半分以上を達成したことで少しばかり余裕が出てきた陽太は焼きおにぎりをかじりながら竹丸に話かけた。


「竹丸さんと、こうしてるの楽しいや」

「そうですか。ワタクシもですよ」


「竹丸さんって、前にオレたちの順序を言ったじゃないですか。でもそれって、間違ってる感じです。竹丸さんがリーダーみたいだもの」

「おや、そうですか? 分不相応です」


竹丸はそう言いながら微笑んで、棒状のビーフジャーキーを一本咥えた。


「あなたを見てると、弟の梅丸を見ているようです」

「え? 竹丸さんの弟?」


「はい。三兄弟でしてね。上に兄。下に弟」

「へー。オレは一人っ子だから。弟さん、可愛かったですか?」


「いえ。とんでもない。すぐワタクシに敵意をむき出しにするし。わがままで、弱音をはくし」


それが自分に似ているとは、ディスられたと陽太は思った。


「でも、だからこそほっとけないんですよね」

「……ああ」


「修行中もすぐに諦めちゃってグズグズ文句ばっかりでした」

「そうですか」


それなら、たしかに似ているのかも知れない。竹丸の声が震える。陽太は竹丸の顔をコッソリと覗いた。


「そういうこともあって、不老長生の術も身につかず……兄よりも先に。バカものめ。梅丸」

「そうだったんですね」


「はは。スイマセン。何百年も経つのに、忘れられないものですね。肉親の情というのは」


そう言いながら、まぶたを抑えて鼻を少しばかりすすった。

陽太は、その話を聞き終わると足から呪符を引きはがした。


「あ、あ、あ。ダメですよ。もう、つきませんよ?」


「いいんです。スイマセン。竹丸さんがいるからって甘えてました。オレ、自分の力で走ります。自分が大変だからって貴重な呪符までダメにしてスイマセンでした。でも頑張ります! 残り半分走ります!」


「それでこそヒナタさんです! じゃぁ、行きますか!」

「ハイ!」


二人は立ち上がった。

陽太と竹丸と並んで走る。

残り約300キロメートルの長さを。

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