第59話 婚約
陽太がもう片手をかざすと、鬼を出現させた石の穴もゴオンと音を立てて閉じてしまった。
「ふぅ」
戦いに一息をついた陽太のところに、前野、竹丸、竹丸のその腕に抱えられた明日香が駆け寄って来た。
陽太は、竹丸から明日香を預かり自分の腕に抱いた。
「すごいです! まるでアッちゃんさんのように!」
「なにアンタ? どういうこと?」
竹丸と前野が陽太に今の訳を聞いた。だが陽太はキョトンとした顔をしていた。
「え? 前にやったのと同じことを。え? あれ?」
「前って。鬼を片付けたのはアッちゃんだよ?」
「え? あ?」
陽太の腕の中にいた明日香がようやく落ち着いたのか、腕の中からするりと出て、三人の方に顔を向け一人大きな高笑い。
「はーーーはっはっはっは! 愉快痛快。思い当たるフシはある」
明日香がアスタロトの口調になっていた。
「例の傷をふさぐのに余の肉体から、心臓を作り、骨を作り、血管、神経を補ったのだ。つまり彼の四分の一ほどが余の肉になっておるのだ」
―――え?
「人獣の細胞は七日ですべて入れ替わるが、余の肉はそれに合わせているとはいえ最初から作りが違う。おそらく、それが影響し徐々に魔力を蓄え、余の記憶も共有しておるのかもしれん。まぁ、ヒナタも徐々に余の一族になってゆくのかもしれん。うむ。喜ばしい限りだ」
「なるほど。アッちゃんの廉価版みたいなもんかな?」
「ま、魂はヒナタであるから気にする必要もあるまい。では、部屋に戻るとしよう」
明日香は身を翻して部屋に帰ろうとするが、陽太が掴みかかってそれを止めた。
「ちょ、ちょっと! それってオレも悪魔になっちゃったってこと?」
「知らん」
「知らんって」
「まぁ、良いではないか。何の問題もなしだ」
「いやだよ! 人間のままがいいのに! オレはこれから結婚して子供も生まれたりするのに、その子はどうなっちゃうんだよ!」
陽太は必死に自分が悪魔になりたくないことを叫んだが、明日香と前野はそれにため息をついた。
「あんたさぁ、生き返らせてもらって何言ってんの?」
「い、いやそれはそうだけど」
「ウチもタケちゃんもアッちゃんも人間じゃないよ? ちょっと失礼じゃない? 人間がいいとかそういう人間至上主義的な話って。」
「いや、そういうわけじゃ」
明日香はまた高笑いをして
「ヒナタ。気にするな。結婚なら余がしてやる。足下の子を百人でも二百人でも産んでやるぞ? はっはっはっは」
──え? え? え? え?
「そーだよ。アッちゃんがいるじゃん」
「身分の違いなど気にするな。大公爵夫人となれば誰も文句を言わんだろう」
身分が問題ではなかった。
今までの付き合いとか、両親の子でもちょっと中身が変わっちゃったとか、そう言うことが気になった。
生き返らせて貰ったはいいが、体の大部分が悪魔の肉体。それが今後の人生に影響するのではないかと不安になる陽太だったが、いつまでもこの山奥にいるわけにもいかず竹丸が切り出した。
「まぁ、ヒナタさんの気持ちもわかりますし、とりあえず我々の本拠地の部屋に戻りましょう」
「う、うん。そうしよう」
みんなは、陽太の肩に手を乗せた。
「え?」
「え? じゃないよ。ヒナタがここに連れてきたんでしょ? 早く戻してよ」
前野がそう言うが陽太はただたしろぐばかり。
「え? えと」
「ん? どうした?」
と明日香がいうと、竹丸は気付いたようだった。
「ヒナタさん。まさか」
「えと。ど、どうやって、瞬間移動するの?」
「はぁーーー!??」
三人は呆れて手を離した。
明日香はフゥとため息をついて、目を眠そうにこすった。
「ふーん。今回だけが特別だったのかなぁ? 魔力も全然感じられないし。ま、いっか。私も魔力戻ってないから自分しか移動出来ないよ。だから、みんなそれぞれ別々に帰りましょ。それじゃ」
そう言って、明日香はフッと消えてしまった。
「え? 待っ」
「ウチもかーえろっと」
陽太が消えた明日香に言いかけると、横にいた前野も暗い夜空に飛んで行ってしまった。
頼りの二人が行ってしまった。どれだけ人間に興味がないのか?
陽太にも同じことが出来ると思っているのか?
残ったのは竹丸と陽太だけ。陽太は山奥の暗闇に恐れて竹丸にしがみついた。先ほど鬼を全滅させた男には到底見えなかった。しがみつかれたまま竹丸が
「では帰りましょうか」
「え? どうやって?」
竹丸は、また天狗の道具袋を出して手を突っ込んでゴソゴソと中を探った。
陽太には安堵の表情が浮かぶ。天狗の道具袋の中に便利アイテムがある。それで帰れる。よかった。よかった。
「あ、あった」
竹丸が取り出したのは、小さい錦の巾着袋。
「それは?」
「はい」
さらに、巾着袋をあけると中から5千円が一枚出てきた。
「え?」
「へそくりです。実は、急だったので財布もスマホもヒナタさんのアパートのテーブルの上に置きっぱなしにしてきてしまいました」
その辺は陽太も同じだ。スマホもサイフも無い。
だからこそ便利アイテムを期待したのだが。
「ワタクシ一人であれば飛んで帰れますがヒナタさんを片手に抱えて飛んだり消えたりするのは難しい。これで二人で公共機関で帰りましょう。そして、お金が尽きたら、走りましょう」
「え? えーーー!?」
「ふむ。食料も買わないといけませんから。三千円くらいでどこまで行けるか」
「竹丸さん。マジすか」
「マジです。これも修行! 大江山は京都ですね。本拠地まで約600キロメートル。足腰を鍛えるのにちょうどいい! ワタクシも付き合いますから。明日が休みで良かったですね。月曜には帰りますよ!」
「ハァ……」
「千里の道も一歩から! さぁ! 行きますよ!」
引くぐらい張り切っていた。




