第58話 地獄送り
「クソ！ 多勢に無勢か！ 寡兵でもやり方はあるけど、この土地はコイツラの本拠地だ！ 地の利までない！」
明日香が眠ってしまった今、頼りになるのは自分だけだ。
前野の両手には棒状の炎が握られていた。
カッ！ ゴォーン！
敵も味方も驚いて音の方向を見ると、大きな落雷！
竹丸の無手雷鳴の術だった。
「ヒュウ！ タケちゃんやるぅ！」
「ええ。印を結ばずとも、雷鳴の術が使えます。アッちゃんさんを守りながら戦えます！」
「オッケイ！ じゃ、ウチがヒナタを守りながら！」
そう言って炎の棍を振るいながら鬼たちに斬りこむ！
さすが、大妖怪。軍勢など諸ともせず。
竹丸も、明日香を片手に抱きながら鬼たちに落雷を落として行く。
前野と竹丸の本気だ。
だがやはり、相手は大軍勢。じりじりと追い詰められて行く。
前野は陽太を庇いながら戦う。
だが陽太は前野から離れ鬼の群れに対して、スタスタと歩いて行った。まるで恐れなど何もないように。
「ヒナタさん！ お下がりください！」
その竹丸の声を陽太は頭の右上辺りにすごく遠くに聞こえていた。
全くの他人事のようだった。
まるで夢遊病のようだ。
鬼たちも前野や竹丸の包囲を解いて、陽太の周りに集まってくる。
陽太はそんなことお構いなしだった。
ただ、茨木童子に向かって歩いて行くだけだった。
「はっはっは。生きておったか。それとも、なんらかの力で生き返ったか？ なんにしろ、もう一度殺すだけだ！」
そう言って、茨木童子は腕をギューンと伸ばしてきた。
──見える。
ガキン！
陽太はそれを右手で薙ぎ払った。
「痛ぁ！」
シュルシュルと戻って行く茨木童子の腕。
骨が腕を突き破って飛び出ていた。
竹丸は驚いて「なにを？」とつぶやいた。
鬼達が飛び上がって、陽太に襲いかかってくる。
頭上から。
正面から。
横から。
──でも、見える。
避けきれないのは、腕や足を使って跳ね返すだけ。
まるでスローモーションの中に陽太だけがスピードを持っているようだった。
「ど、どうして？」
前野も驚いてる。そんな中、竹丸の腕の中で明日香もまどろんだ目を開けた。
「ふーん……。面白い……」
その明日香の言葉が陽太の耳に聞こえる。
だが、全然この戦いの集中は途切れない。
どんどんと積み重なってゆく鬼の体。
茨木童子の四天王である熊童子、金熊童子、虎熊童子、そして星熊童子が陽太を四方向から囲む。
一斉に躍り込んで陽太に飛び掛かるものの、それぞれ拳で面を割られ、足を薙ぎ払われ、腕を折られて鬼の山の上に積み重なってしまった。
前野と稽古していた陽太の姿ではなかった。
まるで戦いを楽しんでいるようだ。
ドシンと大きな地響きが聞こえた。
「きさま！ よくもワシを地獄に送ってくれたな！」
鬼たちが酒呑の親父と呼ぶものだ。これが酒呑童子。
山のような体躯に針金のような体毛。
大木のような腕に大きな手。そこには長く鋭い爪が備わっていた。
いかつい顔には鋭い牙が生えそろい、口からよだれをまき散らしていた。
その前に細身の武術家の体型をした茨木童子が立つ。
二匹は陽太を睨みつけている。
恨みは必ず晴らす。自分たちが傷ついても殺す。
そんな勢いの顔だった。
しかし、陽太の意識は不思議と人のそれではない。
冷静そのもの。
前の陽太なら恐れおののいて動けなかったかも知れない。
だが、酒吞童子もただデカいだけ。
宿敵のハズの茨木童子すらパッとしない。
あの時のように地獄へ送ってしまおうと陽太は二匹に向けて右手をスっと開いた。
酒呑童子は屋敷での悪夢を思い出して後ずさりをした。
「や、やめろ」
「なんで？ オレを狙ったの？」
「ハッ。鬼に横道なしだ！ 依頼者の名前を言えるか！」
「依頼者？」
「お前たちなぞ及びもつかない相手だ。恐れ戦くがいい！」
「そーか。でも全然心当たりがないや」
「大したヤツだ。この軍勢もものともせず、自分を恨む相手も知らんとはなぁ」
「気の毒だけど、ここは君たちのいる場所じゃない」
そう言って陽太の指先を酒呑童子に向ける。まずは積み重ねられた鬼達がどんどんと吸い込まれて行く。
熊童子、金熊童子、虎熊童子、星熊童子。続いて陽太を殺した茨木童子も。
最後には大ボス酒呑童子もシュポンと指の中に消えてしまった。
あっけない終わりだった。
