第57話 瞬間移動
それまでにこやかだった、竹丸の顔が少し神妙に変わった。
「それより、あの二匹の鬼はどこに行ったのでしょう? ヒナタさんを殺した。腕も奪い返した。でも、一族の恨みはある。しかし残ったワタクシを襲撃するでもない。不思議だと思いませんか?」
「そお? まぁ、来ても返り討ち」
前野の自信たっぷりの言葉を竹丸は手を上げて制した。
「かもしれません。しかし、油断大敵。この前のヒナタさんを殺されたのは、我々全員が少しずつ責任があります。最後の日だというのにみんな部屋から離れてしまったのですから」
たしかに言われても見ればそうだった。
「タマモさんは長命です。鬼に関する何かをご存知では?」
「あ、うーん。あんまり相手にしたくない奴らなんだよね~。逆恨みするし。あいつらは一条天皇の御世に京都を荒し回った酒呑童子の一味だよ。全員殺されたけど、茨木童子だけ逃げて助かったんだ」
陽太も酒呑童子くらいは名前聞いたことがあった。しかしそれはおとぎ話の話だと思ったがそうではないようだった。
「全部の魂が地獄に落ちたけど、おそらくアジトの大江山の深山に鬼の穴があると聞いたことがある。そこから茨木童子が秘術を使って、またこの世に呼び戻したんだと思う。そして、魂の入れ物。つまり人間に取り憑いてそいつになりきって悪逆の限りを尽くす。とまぁ、こんな感じで今の世も生きてるんだと思う」
「となると」
竹丸はアゴに手を当てた。
「また喚び出すのかもしれません。今度は軍勢を率いて、我々に復讐にくるかもしれません。どうにか、止めないと!」
竹丸は立ち上がって、みんなに呼びかけた。
「だって、タケちゃんどうするの?」
前野は、未だに傷が回復していない竹丸を心配した。そして陽太も復活したばかり。頼りになるのは明日香だけだ。
「あたしも、ヒナタの復活に魔力使いすぎて、四人も遠くに運ぶの無理~」
と明日香は他人事のようにイスに寄りかかってふんぞり返った。
竹丸が中心に話をするがまとまらない。移動はどうするのか? 戦うにはどうしたらいいのか?
しかしその喧騒の中、陽太の頭の中には、茨木童子と星熊童子の存在が遠くに感じられた。
ピーン。ピーン。と頭の中に二匹の信号が届いて来る。
陽太は、自然と竹丸の肩に無意識に手を伸ばした。
それに作用されてか竹丸の片手は前野の肩に伸びる。そして連鎖して前野の片手も明日香の肩に。
みんな驚いて一斉に陽太を見た。
明日香は何かに気付いたようにニヤリと笑いその片手を陽太の肩に置いた。
自然と四人は円を描いた形に連結したのだ。
「行くよ?」
陽太が言う。それに対して三人が頷いた。
フッ。四人の姿が部屋から消えた。
現れたのはどこかの山奥だった。先ほどのテーブルに腰掛ける姿勢でいた。
当然、イスがないわけだから、四人とも後ろに転げた。
みんな腰を押さえて立ち上がり、辺りを見回した。
「ヒナタさん! あなた、アッちゃんさんのような瞬間移動を!」
竹丸がそう言うか言わないかのうちに、陽太は前方を指さした。
「ホラ! あそこ!」
その方向には暗闇に二つの影。
そこに、ポッと光が灯った。
「うぬ! 何奴!」
ギラリと睨む二匹の鬼。まさしく茨木童子と星熊童子だった。
茨木童子は大きな岩に向かって印を結び、何やら呪文を唱えている。
それを邪魔させまいと、星熊童子が何やら術を使うと、こちらに炎が伸びてきた。
パウッ!っと音を立てて陽太はその炎を手で受け止め握りつぶした。
その時、炎がポッと光ったので陽太の姿が分かったのだろう。星熊童子が叫んだ。
「何? 浅川ヒナタ!」
その声に茨木童子が振り返る。
「なんじゃと?」
陽太の後ろには鬼二匹の仇がいる。茨木童子はニヤリと笑った。
「ふむ。これはこれはお揃いで。しかし、もう遅い。鬼の穴はあいたぞ!」
鬼二匹の前にある、石から、ゾロリゾロリと鬼達がわき出して来る。
前野と竹丸は身構えた。
「ずいぶんな量だね。でもアッちゃんがいれば大丈夫だよね」
そう前野が明日香に声をかけると
「うん。楽勝。楽勝」
と、明日香はかわゆくガッツポーズをした。
そして、明日香が二三歩前に進んだ。
しかし、足がふらついて、両ひざを地面についてしまった。
驚いて前野が駆けつける。
「アッちゃん。どうしたの?」
「……眠い」
そう言うと、明日香は前に倒れそのまま眠り込んでしまった。
前野は明日香の頬を叩いて起こそうとするが、目は開けるもののすぐに眠ってしまう。
こんなこと、今までなかった。
そうこうしている間に確実に鬼は迫っていた。
「やばい。ウチとタケちゃんなら勝てはするものの、ヒナタを守り切れない! ヒナタ! アンタもウチの弟子ならきっちり自分の身を守りな!」
前野の一喝だ。
しかし、陽太からは返事がない。
ビビっている。前野はそう思った。
所詮、人間の子供だ。無理もない。ひとまず明日香と陽太を抱えて退避し再起を図るか?
そう考えていると、すでに大勢の鬼に囲まれていた。




