第51話 稽古
夜。竹丸も帰宅し、二人して鬼が来たことを伝えていた。
前野は自分がババアと言われたことを強調している。
「そうですか。許せませんね」
「でしょ? あ~ん。タケちゃん。タマモ怖かったぁ~」
そう言いながら、竹丸にすがる振りして抱きついきの隣りに座って胸板に「の」の字を書いた。
そんな前野の様子を見た陽太。
怖かったのはこっちだ。あの時の形相と来たら。と思い返していた。
そんなことをしていると明日香もバイトから帰ってきて、みんなで夕食となった。
おいしい油揚げ入りの煮物。アスカのはいくらか塩抜きされたもの。
「うん。野菜の味がすっごくよくわかる~。あまぁ~い。おいしい~。タマちゃん上手~」
「んふふ。ありがと」
竹丸は食事をしながら話し始めた。
「件のお二人が全滅させた、伊吹組ですが犯人の疑いのある人物がカメラに写っておりました」
前野は大変驚いた様子で「え!?」と声をあげた。
陽太も明日香がドジこいて映ったのだと思い、黙って明日香の顔を見ていた。
「お二人とも、テレビを見ていなかった?」
「うん。武術の稽古を一日中してたから」
「なるほど。そうですか。犯人はイバラキ先生とホシクマ先生ということになっております。タマモさんとアッちゃんさんはカメラに映らない術をかけていたのでしょう。さすが用意周到です」
「んふふ。まーねー。よかった。ウチかと思ってビックリした」
「そんなマヌケな二人です。まさか一族を消した容疑が自分たちにかかるとは思っていなかったでしょう。ですが、残り五日。気を引き締めて過ごしてください。今日のように敵はいろんなものに化けてきます。決してドアを開けないようにしてくださいね」
陽太は竹丸の言葉に元気よく「ハイ!」と答えた。
3日目。
陽太と前野の武術の練習。
前野は座ってる。瞑想のポーズっというヤツだ。
陽太にどこから狙ってもいいということで。
例の鉄の棒を構え、飛び上がったり、薙ぎ払ったりするが、全然あたらない。
座ったままの前野。
どうなっているのか分からない。
こう思えば、やっぱりグラシャラボラス先生は手を抜いてくれてたんだなと思った。
「相手の動きを見て!」
「ハイ」
と言うか、動いていない。瞑想のポーズのままなのだ。動きも何もない。
しかし。五感を集中させる。前野の息を感じる。瞬きも。
「早くしな!」
そう。イライラしているように見せかけて、五感への集中を避けさせているのだ。実際はスキがあるのだ。
おそらくそこを狙えと言うことだろう。
少し、間合いに入って棒をスッと伸ばすような感じにしてみたらどうだろうと考えた。
「オイオイ。飽きちゃうよ」
となおも挑発したが二度目の「オ」の時にスゥと棒を伸ばした。
コツン。と肩に当たった。
「あ」
「……やった」
「ふふ。出来たね」
「できました」
「エライエライ。その呼吸を忘れる出ないぞ」
「おーーー! 師匠!」
陽太は前野からのありがたいお言葉に、御前にひれ伏してお礼を述べた。
それを見て、前野は微笑みながら立ち上がって、これまた動かないという約束。
しかし、さっきでコツをつかんだ陽太。
前野は降る棒に対して体を振ったり、受け流したりする。
だが呼吸をつかむ。呼吸なのだ。
前野に棒を当てるコツをつかんだ。
タイミングを見計らい多重に攻めたり、フェイントを入れたり。
ポス! と二の腕に当たった。
「ああん! もう!」
「はは! やった!」
陽太の棒が前野に優しく当たる。
またも短時間でミッションクリア。
前野は笑顔で陽太に近づいて来た。
「やるじゃーん」
「ありがとうございます。師匠」
前野は楽しそうに、ブンブンを片腕を回した。
「アンタばっかり楽しんでちゃ面白くないからね。ウチも本気で動きたくなってきた。攻撃はしない。ただよけるだけにする。術も使わない。行くよん」
「え? マジすか? 動かなくても当たんないのに」
前野が動き出した。
まるで水のような空気のような滑らかな動き。
陽太も縦横無尽に鉄棒を振り回したり、突いたり、するもののかすりもしない。
後ろに回られて、膝カックン。いたずらまでされてる。
陽太は、転がりながら前野から離れて間合いをとった。
「どうしたの~。攻撃してこないと困るんですけどぉ~」
前野の呼吸を読んでいる。動きを感じるように全身に集中をかけた。
しかし、そんな陽太に関係なく前野は離れた場所から声をかけた。
「術も攻撃もしないけど、遠くにいるならこういうのはありだよね」
と言って、その場で正拳突きを連撃した。
「???」
次の瞬間。
「うわ! ぎゃ! いたぁ!」
陽太は衝撃を受けて後ろに倒れ込んだ。陽太は体を起こして前野の方を見るとすでに近づいており顔を覗き込まれた。
「なに? なんですか? 今の」
「んふふ。修行次第ではこういうこともできるよ~。遠当。百歩神拳だよ」
遠当とは、百歩神拳とも井拳攻とも言う。井戸端に立ち、水面に向かって拳撃を繰り返す。修行次第ではやがて水面が波打つようになる。やがてその拳から放たれる拳撃は遠くにいる相手を倒せるようになる。前野が放ったのはまさにそれだったのだ。
「マジすか~。すげぇ~。ホントにすげぇ~!」
「昨日よりも全然動きが良くなった! やっぱ基礎を覚えれば全然いい感じ」
陽太は寝転んだままでお礼を言った。
「あざーす!」
「よし。今日はここまでにしよう。面白かった。ウチも」
こんな感じで、みんなの同居生活は4日、5日と過ぎて行った。




