第46話 試合
さて、陽太のアパート。
めずらしい組み合わせの二人。
陽太に洗い物をさせている前野。
その間に髪を整え、鏡に笑顔を送った。
「ん。タマちゃん美人」
洗い物を終えた陽太は鏡に向かっている前野に向かって訪ねた。
「どうします? テレビでも見ます? DVDは、ちょっとしかないけど。格闘ものの」
「へー。格闘もの! アンタそんなの興味あるんだ」
「そりゃー男なら」
「ほー。じゃぁ、やってみよう。この前、人間の中ではトップクラスの運動能力にしてもらったっていったよね?」
「やってみる?」
「うん。ここで」
「ここでって。狭いですよ」
馬鹿にしたような口調の陽太に前野は両手を自分の胸につけて指を向けた。
「なに?」
「縮身の術!」
「えーーーーー!!」
陽太の体は服ごとみるみる縮み、10分の1サイズほどになった。
前野の体も陽太に合わせて小さくなる。たちまち狭い陽太の部屋が10倍となった。
家具は大きいまま。陽太と前野が小人になった形だ。
「そうだねぇ。じゃぁ、アンタはあそこの線から出たら負け。ウチはこの線から出たら負け」
と、フローリングのつなぎ目を指さした。
陽太は三本後ろ。
前野はすぐ後ろ。土俵際だ。
陽太は前野の素早い身のこなしは知っている。炎の術も知っているが、これはさすがに舐められていると思った。胸をトンと押せば出てしまう状況だったのだ。
陽太はムッとした。自分の運動能力は人類トップクラス。
それがキツネで、女になんか負けるものかと思ったのだ。
根拠のない自信だったのだが。
「あんた、なんか武器持っていいよ。」
前野はキョロキョロと見渡すと、落ちてるクリップがあった。それを炎の術で焼き切きる。それにも術をかけて丁度いい長さにした。まるで鉄でできた孫悟空の如意棒のようだ。
それを、陽太にポイと投げた。
「そらこい。孫悟空。先端丸くしてあるから突いても大丈夫だぞ?」
陽太はますますムカついた。しかし本気で振るっていいものか躊躇していると、前野は挑発して来た。
「ほら。ウチはこの線から出たら負けなんだぞい」
試しに陽太は、軽く鉄棒を横薙ぎに振るった。
前野はそれをあぐらの姿勢にしゃがみ込み、本当にかるぅくかわし苦笑して立ち上がった。
「ホンキ?」
「いや。早いっすね」
「なめてるね~」
突然、前野は一歩踏み込んできた。その一歩がグンッ! と伸びる! 早い!
「……ちょ!」
突然、腹に一発の肘鉄。
回転して、頬に一発の裏拳。
また回転して後ろに回って足払い。
陽太は、ぶっ倒れると思ったら、肩を持って起こされた。
と思ったら今度は逆立ちをする。天に伸びた足が曲り、陽太の首に絡み付き、回転を付けられて投げられてしまった。
いつの間にか陽太の体は宙を浮いている。下を見ると、フローリングの線がグングンと過ぎてゆく三本後ろの線に投げられていた。
負けを悟ったその時、空中でまた腹にドロップキック。
陽太は、遥か後ろの五本線にところに飛ばされ転がっていた。
「はぁ。はぁ。はぁ」
「やられて息上がってんじゃないよ。ぜんぜんダメダメじゃん」
陽太は地に這いながら転げて前野の方を見た。
「すげ、前野さんすげーーー!!」
陽太は本気で尊敬した。
「当り前じゃん。武芸百般極めてるからね。この一週間、あんたを鍛えてやるから」
「マジすか。マジすか」
「なにがマジすかだよ。さっさと立ちな」
「う、うん」
陽太は棒をとって、元の位置に移動した。
体中が痛い。手加減無用ということだ。そうでもしなくては鬼には勝てない。
しかし手加減。まずは棒が当たるかどうかだ。
「構えてみな」
その言葉に、陽太はピッと戦闘姿勢をとった。
「ふーん。構えはそうそう悪くないね」
その辺は当然だった。悪魔のグラシャラボラス先生にレクチャー受けた身だ。
「おし! 第2戦スタート!」
と、手首をプラプラさせながらその場で二、三度ジャンプした。
陽太はそのスキを狙って前野に飛びかかった。
手加減無用だ。準備運動やストレッチなどスキがあるときに狙う。
卑怯だとか言っていられない。
たかだが、数十センチ(体感的に)後ろに下げればいいだけなんだ。
鉄の棒を横に薙ぎ、縦に振る。
しかし当たらない。前野の動きはまるで風や水の様だ。棒が来たら勝手に身が避けているような感じである。必死に鉄棒をトリッキーに振る陽太だが、全て感じ取られてしまう。
焦れば焦るほど前野の思うつぼだ。彼女は純粋に楽しんでいる。あっという間に間合いを詰められ、懐に入り込まれればもう遅い。陽太の腕の中に前野が入り込んでいた。そしてニコリと笑ったと思ったら掌打の連撃。
腹、アゴ、こめかみ。えげつない急所への連続攻撃だ。
「うわ! ぎゃ!」
陽太はゴロゴロと後方に転げた。
「勝ち」
前野はかわゆくガッツポーズをとった。
また、元いた場所からフローリングの三本後ろの線に到達してた。
「ハイ。三回戦」
陽太は勝ち目がないことを悟った。
だが、前野に促されて体に力を入れて立ち上がろうとした。しかし足に力を入れれば体が震える。体に力を入れれば手足が震える。どうしても立ちあがれなかった。
「どうした。少年」
「た、たてましぇん」
「あら? 急所に当てすぎた?」
「もう、無理ですぅ」
「たった二回で終わり? 情けない男」
陽太がその場に転がって喘いでいると
「痛!」
陽太の体は元の大きさに戻り、頭をテーブルの足にゴチンとぶつけた。
縮身の術を解除したのだ。
陽太は痛い頭を抑えた。




