第42話 苦戦の結果
こちらは死闘の続き。ギリギリと音を立てて、大木のような茨木の腕が竹丸を組み伏せようとする。しかし竹丸もさるもの。これを全ての体の力をつかって跳ねのけようとする。
「なかなか、耐えよるのぉ。これならどうじゃ!」
と、茨木が口を大きくあけて、ばはぁ~と息を吹き出した。
「く、臭い! 酒の、臭い……!」
「そうそう。私の腹の中で熟成された純度の高い酒じゃぁ。毛穴という毛穴から吸い込んでしまえい」
竹丸はグラグラと体を震わし、白目を剥いてガックリと片膝をついてしまった。
「なんじゃ、もうダメか! 情けないのう。もう少し楽しみたかったがのう。まずは手首を折ってやるわ」
陽太は刀を抜いた。冷汗が全身水を浴びせたように流れてゆく。しかし茨木が竹丸に集中している今しかない。
鬼に変じた茨木の体が大きすぎる。
首か? いや位置が高すぎる。気付かれてしまうであろう。
腹か? いや。この刀は短い。あの筋肉では折れてしまうかもしれない。
グラシャラボラス先生の言葉を思い出す。
茨木の弱点を探した。致命傷でなくともよい。戦闘不能になる場所だ。
背中がシャンと伸びて、茨木の方に向かって行った。
茨木は、竹丸の手首に力を入れた。
ゴキリと片方の手から鈍い音が聞こえた。
「あーぁ!」
「ほれほれ、次はもう片方じゃ」
スッと、紙でも切るように、筋肉隆々の茨木の腕は地面にポトリと落ちた。
それを茨木は「なんで?」というような不思議そうな顔で見つめていた。
「ワシの腕! ワシの腕じゃないかえ!? オオオオーン!」
と大きく哭いて、陽太の腕をつかもうとしたが、竹丸が地面に寝転んでそれを抱き込み死守した。陽太はそのスキに後方に飛び上がり間合いをとった。
茨木はギロリと陽太を睨みつける。
「おのれ、浅川! 許せん!」
残った片腕を妖術によって伸ばしてきた。
陽太はビルの壁を蹴って飛び上がり、茨木の頭上へ。
そこから、一回転し勢いをつけ眉間に狙いを付けて刀を振り下ろした!
しかし、茨木はゆうゆうと二指でそれを挟んでしまった。
「油断せねば、貴様などに!」
つかんだ刀を振り回して、陽太をビルの壁に投げつけた。
陽太は一回転してビルの壁を蹴り、茨木と間合いをとりながら空中から攻めようとした。
さながら猿のようだ。グラシャラボラス先生の指導による体術の効果だった。
その時、茨木の体に真っ赤な火柱が立った!
竹丸の両手が雷鳴の術の形になっている。術が決まったのだ。
「やった!」
竹丸はズルズルと陽太の元に這い寄る。
「いえ、まだです。まだ倒せてません!」
「ま、マジでですか!?」
茨木は、ヨロっとしたが首をコキコキとならした。
「ふふ。なかなかやりますね。ちょっと苦戦しました。まぁ、お二人には敬意を表して今日は引いて上げます。ホシクマ先生も探さないといけないのでね」
と言って、ひと回転するといつもの茨木先生の姿に戻った。斬った腕もあるままだ。
「ああ、これ? あるように見せかけてるだけ。その腕は一週間以内に取り戻すから。まぁ、二人してブルブル震えててちょうだい。それから良いことを教えてあげる。この街には、先生の一族が150人もいるのよ。命を恐れぬ兵隊。そいつらを集めて肉の塊になるぐらい嬲ってやるから楽しみにしてて。ふふ」
そう言いながら茨木は二人に余裕に背を向けて腰を振りながら去っていった。
陽太は、もう動けなかった。
足がガクガクと震えていた。竹丸は地面に伏してしまっている。向こうは一人は飛ばしたが無傷のまま。もう一人は片腕を切り落としたが余裕そうだ。陽太の心の中は恐怖心で支配されかけていた。
「す、すいません。ヒナタさん」
「いえいえ、そんな!」
「大言壮語してこの為体。情けなしや竹丸! どの面下げて大天狗様と相見えん」
「いえいえ、竹丸さんがいなかったら俺なんて。助かりましたよ! ありがとう! ホントにありがとう!」
陽太は地面に転がっている竹丸の体を抱きすくめた。竹丸はニコリと笑う。犬の姿だったら顔を舐めていたかもしれない。
「ヒナタさん。すいません。天狗の道具袋を」
「あ、うん」
陽太は竹丸の懐に手を突っ込んで、袋を取り出した。
こんな小さい巾着袋からいろいろ出てくる。不思議な天狗の道具袋だ。
竹丸は無事な片手を突っ込んで、二枚貝をとり出した。その蓋をあけると白い膏薬が入っている。
それを折れた手首にグリグリと塗り込んだ。
「あふー。あふぅー」
「大丈夫? 薬?」
「はい。これで少しは楽になりました」
竹丸は立ち上がって袋をしまい、茨木の腕をつかんだ。切り取った腕はまだ生気がありわずかに指が動いているようだった。
「これは。先ほどイバラキが言っていたように七日七晩守らなくてはいけません。鬼は執念深いですからね。取りに来たところを逆に討ち取ってしまいましょう」
「え? だって、竹丸さんだって苦戦してたのに。そんな腕焼いちゃおうよ!」
「そうですよね。あまり人を頼ってはいけませんが、私ではダメでも、タマモさんかアスカさんなら絶対に勝てます。なにしろ、イバラキが言っていた150人の一族を全滅させてしまったんですから。アイツら戻って全滅してると知ったら、きっと復讐にきます。用意周到なことをしてくるでしょう。ですから、鬼の腕で釣るのです」
「な、なるほど」
「では一度、部屋に戻りましょう。そんな不安そうな顔しないで。我々は緒戦は勝ったんです。凱旋です。もっともっと嬉しそうな顔をして」
「そ、そうだよね」
と言って、陽太は明日香たちの戦いの結果も思い出しニコリと笑った。




