第40話 不死なる体
明日香が倒れた。倒れてしまった!
消えながら近くで見ていた前野は首をすくめた。
やられたと言うが明日香は大丈夫なのかと心配した。
そう思っていると、鬼の親分は血刀を和紙で拭いていた。そして気付いたように鼻をフンフンとならした。
「ん? 獣の牝の匂いがする」
バレたと思った前野はこそこそと外に逃げようとした。その時。
二つに分かれた明日香、お互いの切り口からニュ、ニュっと体が生えて来る。二人の明日香の出来上がりだ。一同驚いて数歩下がってしまった。
それを見た前野はやはり凄いと驚き、別の座敷に隠れた。
増えてしまった明日香に鬼の親分、斬ると分裂してしまうことを悟り部下たちに命じた。
「こやつ! ええい! かかれ!」
襖が開いてその奥から、またも鬼の大群!
しかし、明日香は少しも動じない。
「まぁ、まぁ」
といって、二体で背中合わせになって鬼の大軍を片手で制する。今の明日香は陽太の姿だ。親分に顔を向けて質問した。
「なんでボクを狙ったの?君たちは何者?」
「貴様の正体が全く分からん! 貴様はワシらが何かがわかるらしいが……」
「うん。鬼なんでしょ? すごくたくさんいるね」
「オマエら、かかれ!」
「聞く耳持たないみたいだね」
たちまち鬼の群れは、恐れもせずに陽太の姿の明日香にかかってゆく。
数体でようやく一肢ずつをおさえつけた。
そこを一人の男がゆっくりと進み出て銃を取り出した。
古臭い銃でグリップは木製で銀の装飾がされている。
明日香の前に立った男は大変落ち着いた様子で、あらためて銃に弾丸を装填した。
親分は勝利を確信してわずかに笑った。
「キンクマ。やってしまえ」
「はい。オヤジさん。すぐ片付きますよ」
そう言って銃口をアスカに向けた。
明日香は何かに気付いたように、身をよじって逃げようとした。
「や、やめろ……」
「もう、遅い。オマエが何者かは知らん。だが、これを見ろ。こういうことがあろうかと、銀の十字架を溶かして作った弾丸だ」
「ま、まさか!」
「おしまいだ!」
「やめろぉぉぉぉおおおーーーーー!!!」
ビス! ビス!
ひたいに銃弾を受けた二人の明日香。大きくのけぞってぐったりとなった。ひたいの大きな穴からは煙が一筋登っている。
それを見た前野は廊下を這って逃げようとした。
「効いたか?」
キンクマという鬼は「フッ」っと銃口に向かって息を吹きかけた。
鬼たちが安堵の表情を浮かべた所で、
「──ていうか、銀の弾丸は狼男か吸血鬼でしょ?」
とステレオで言いながら二人の明日香は、ムクリと首をあげた。穴はみるみるふさがって行く。
わぁ! と驚く鬼たち。
明日香はニッコリと笑って
「君たちは、人間の体をのっとって人間世界でそうやって人を食い物にして活動してるわけだ。」
「ぬ、ぬむ!」
二つに分裂し、銀の弾丸でも死なないアスカに鬼の親分は驚いて後ずさり。壁に体をつけると飾られている掛け軸がバラリバラリと下に落ちた。
「君たちがこの世からいなくなって悪の秩序がなくなったところでボクの知ったところじゃないね。」
「な、なにをするつもりだ!?」
「こうする。」
と、抑えられている両手のひらを開くと、五本の指先に向かって鬼が吸い込まれては消えて行く。
どんどんと断末魔を上げては消えて行ってしまう。
廊下にいたものはもがいて足をバタバタさせながら外に逃げようとするが、それすら宙に浮いて風呂のお湯が栓を抜かれたように吸い込まれて、親分を残してとうとう、全て消えていなくなってしまった。
明日香は一人に戻り怯える親分の方を見た。
「わ、ワシの子らをどうした!」
「君たちの元いる場所に返したよ。まぁ、地獄のどこかは知らないけど」
「なに!? 貴様は一体!」
「ま、知ったところでってとこかな?」
と言って、親分に人差し指を向けた。
ものすごい吸い込む力だ。親分は柱にしがみついて抵抗したが、余りの力に柱から手を放してしまった。
「イバラキぃぃぃぃー! ワシはもうだめだー! また、鬼の穴をあけてくれー!!」
と、断末魔を残すと、アスカの指の中に吸い込まれて行った。
全ての鬼が消え去ると、アスカはクルリと一回転して元の姿に戻った。
そして、大きな屋敷をぐるりと見渡した。
「タマちゃーん。終わったよ」
と言うと、スゥッと襖の影から前野が姿を現した。
「っっっすっごいね! やっぱりアッちゃんは段違いだわ~」
「んふんふんふ。私たちは最強コンビだもんね」
「んふ。……さーって。男達も寂しがってるから帰ろうか?」
「そうだね。少し疲れた」
「じゃ、甘いものでも食べに行こう」
「うん。アイスがいい」
「しっかし、こつ然と百人くらいの人がこの地上からいなくなったわけなんだから、大騒ぎにはなるよねぇ」
「だろうね? 知ったこっちゃないけど」
「ウチは、余り目立ちたくないから消えて空から帰ろう? 出口からでると面倒なことになりそうだから」
「そうだね」
「じゃぁ、アイス食べに行こう! 前みたいにナンパしてもらって、おごってもらって思わせぶりについていって、急に消えるってやつやろうよ」
「いいね! いいね!」
二人はフッと消えて夜の街に飛んで行った。




