第39話 明日香真っ二つ
明日香たちは、繁華街の大きい通りに出ていた。
彼女は陽太の姿で飛び上がってはしゃいだ。
「感じる。感じる。いっぱいいる!」
「へー。そうなの?」
「うん。こっちから大きな力を感じるよ! 多分親玉。引き付けて一緒に片付けちゃおう!」
「うん」
陽太の姿をした明日香。
目鼻立ちが整い美人でシャンとした姿の前野玉藻。
前野の姿が目立つのでみんな振り向く。あっという間に鬼の知れるところなり、その後ろにゾロリ、ゾロリとガタイのいいものがついてくる。
明日香は楽しそうに声高らかに童謡の桃太郎を歌い出した。鬼を成敗するという内容だ。
その突然の歌に、これまたみんなの目を引きどんどんと暴力団風の男たち。つまり鬼たちが増えてくる。
そんなのお構いなしに腕を前に振りながら楽しそうに歌ってゆく。
男女二人の後ろに恐ろし気な男たちの集団。その訳の分からない行列に一般市民は道の端に寄って行った。
「タマちゃん、こっち。こっち」
「うん、オーケー」
後ろの鬼たちは胸から携帯電話を取り出し、連絡を取り合ってる。
「見つけた! こっちだ!」
「本家に向けて歩いてやがる。本家に集合だ!」
どんどんと増えてゆく集団。
明日香と前野はいつの間にか、長い塀のある大きな屋敷の前に来ていた。
「多分、ヤクザの親分の家じゃない?」
家の周りには、黒服の男たちがゾロゾロ警備しているようだった。
二人が門の前に立つと
「なんだ? にーちゃん、ねーちゃん!」
といって睨みをきかす、門番らしき男。
二人を付けていた男たちが門番に声を上げる。
「おーい! そいつらだ! そいつら!」
「なに?」
と言った瞬間、前野がスッと手をあげると、その門番の体がズドンと倒れた。
どうやら、かなり強い誘惑の術をかけられたらしい。
「アッちゃん、カメラに映っても大丈夫にしてる?」
「うん。虹になってるようにしてるよ」
「んふ。女子だねぇ」
その様子に驚いた鬼らしきものたちの群れ。
明日香と前野を取り囲む。しかし、二人は全然気にしない。余裕の塊の様だ。
「タマちゃん。さて、どうしようか? 親玉のところに行くには……」
「走る?」
「そーだね。そーしよう!」
そう言って、屋敷に向けて駆け出す二人。
「オイ待て!」と言われて追いかけられるが待つわけが無い。
しかも、身が軽やかだ。長い石畳を入り口に向かって走る。
屋敷の警護に当たっていたものが前に立ちはだかって、これを止めようとする。
だが前野が手をかざすと、その場に幸せそうな顔をして倒れ込む。
誘惑の術の力を上げたものだった。
これをくらったらひとたまりも無い。
竹丸にかける術よりも数段上のものだ!
脳をとろかし、幸せのな気分のまま昏倒してしまう。
「あ! また倒れた! あの女の方、術を使うぞ!」
「女を狙え!」
と、黒服の連中たちは胸から拳銃を出してきた。驚く前野。
「マジか! ちょっとアッちゃん!」
「あは。タマちゃん、ヤリ過ぎ~」
「ウチ、銃はダメだよぉ!」
「じゃぁ、隠れてていいや」
「ホント? ごめーん」
と手を合わせて謝ると、フッとその姿は消えてしまった。
鬼たちには全く見えなくなってしまい、戸惑って辺りを見回した。
その間、明日香は屋敷の玄関にたどりついた。広い廊下だ。純和風の建物。
「ひょえー。ヒナタとかタケの部屋と全然違う! 日本の宮殿みたいなものかな?」
その時!
ズキュン!
ズキュン!
と拳銃の音。
明日香の体にも数弾当たるが、平気の平左。
しかも、衝撃で動いたりもしない。
まるで空気に打ち込んでいるようだ。
「なんでだ!? 当たってるよ! ……なぁ?」
「うん……当たってるけど」
「まさか、物の怪か?」
鬼たちはここにきて急に恐ろしくなった。
自分たちは鬼だ。人間の社会で生きているが、負ける気などしない。
それが始めて出会う、自分たちの得意とする暴力が通じない相手だったのだ。
明日香はクルリと振り向き
「ううん。ボク、人間だよ。人です。人」
と言って、奥に向かって歩き出す。
明日香はニタリと笑った。
「んふ! こっちから感じる。感じる! ぬ! いかん。男子だったらこうであるかな? おやまー。感じるぞ! こっちの方から! うむ」
陽太の姿なので、急に男子の話し方に直そうとするが勝手が分からない。メチャクチャ棒読みだった。空気となって隠れている前野はクスリと笑った。
そこへ鬼たちは明日香を止めようと、覆い被さって襲いかかるがズルズルと引きずられてしまう。
「おい! 全員で押さえつけろ! オヤジに近づけるなぁーッ!」
と、数人、数十人で押さえつけるが、全然ダメ。
「コイツ、ホントに人間か!?」
「うーん。疑われてもなぁ。ボクはこんなに人なのにさぁ」
ズルズルと鬼たちを引きずりながら奥座敷にくると、風体とも親分らしき男。朱色の大きな杯に酒を入れ悠々と吞んでいた。
陽太に扮する明日香はそれを見つけて腰に当てた。
「見つけた」
そしてニヤリと笑う。
驚いたのは鬼の親分だ。自分が追いかけていた男が目の前にいるのだから。
「オマエはたしか」
「ウン。君たちの標的だよ。こうして歓迎されながら参上しました」
「ん? この匂いは」
「ん?」
「貴様、人ではないな? 地獄の匂いがする」
明日香は自分にまとわりつく鬼たちを埃でも落とすようにパッパと手で振り払って
「へーー。ちょっとは出来るじゃん」
その瞬間、親分の大きな鬼は、傍らに置いてあった大刀を抜いて明日香にバッサリと切り掛かった!
袈裟掛けになり真っ二つになってしまった明日香。
「やーらーれーたー」
と言って、畳の上にドン。ドン。と二つの音とともに倒れ込んだ。




