第36話 剣はどこだ
夜となった。
床が丸く青白く光り出す。
そこから、金髪の顔だちの整った男が現れる。
グラシャラボラスだ。先生が陽太を迎えに来た。
先生が明日香にひとしきり挨拶した後、陽太は気付くと前日と同じ部屋に立っていた。
そこには様々な武器が並んでいた。
剣や槍、斧やハンマー。鉄球がついたもの。
拳銃のようなものまであった。
そんな死に直結する武器の前でも先生は腰に手を当てて陽気にニコニコ笑っていた。
「さてさて。ヒナタどのはどのような武器をお持ちで?」
「え?」
「槍もないのに槍を教えてもしょうがない。槍でも種類がある。それぞれ個性があるのに槍と言うだけでも形がはっきりしていないと教えるのは難しい」
「はぁ」
「ですから、その武器を見て指導いたします。さて、どのような武器で?」
「も、持ってません」
「??」
「武器なんてないんです」
「といいますと、拳、ステゴロ、徒手空拳と、こういうわけですか?」
「は、はい」
先生はアゴに手を当てて部屋の中をクルクルと歩き回りながら少し考えた。
「なるほど。素手での戦いでも、ワタクシ、心得がないわけではありません。しかし、相手は人間ではないものなのでしょう? 鬼との戦い……。それでは向こうも得意とするところですよね。ふむ。それを急ごしらえで戦うのは。ふむ」
「無理でしょうか?」
「無理ではないかもしれません。しかしケガをするかもしれません」
「ケガくらいなら」
「二度と目を覚まさないケガですけど」
「ちょ! そ、それじゃ負けじゃないですか。死んでるじゃないですか!」
「そうですよね。はっはっは。こりゃ参ったな!」
先生は膝を叩いて大笑いだ。
いわゆる体育会系だ。笑い事ではない。
ふと竹丸の刀を思い出した。あれを借りれないかと。武器と言えばそれしか思い当たるものがなかった。
「少しアテががあります。部屋に戻ってもいいですか?」
「ええ。もちろんですとも」
そういうと、陽太の体はエレベーターで上がるように瞬間移動していた。気付くとそこは部屋だった。戻って来たのだ。
明日香は本を読んでいたが、それに気づいて
「おお! 驚いた! なんだ。もう終わりか?」
「いや。先生が、武器があるなら持ってきてほしいってことなんだ。だから、竹丸さんの刀を借りてこようと思って」
「ほう! そうか!」
「うん。だから、竹丸さんのアパートに行ってくるね」
陽太がアパートのドアに向かいかけた時、明日香はそれを止めた。
「オイオイ。ちょっと待て」
「ん?」
「夜の一人歩きはまずい。そこを鬼に狙われては。万一のことがある。瞬間移動にしよう」
「え? マジ? んふふ」
下心丸出しで陽太は明日香の腰に抱きついた。
「オイ。まだ腰を持てとは言ってない」
「あ、そーか。ゴメンゴメン」
「ふふ。まぁ、良いが。かわいい奴じゃ」
「あ、でも大丈夫かな? この前、玄関から来て欲しいって」
「あー。大丈夫。さっき、タマちゃんから竹丸がムカつくから別れる。もう顔も見たくない。別居しますってラインが来た」
何と言うことだろう。竹丸は真面目だから前野と衝突したのかも知れない。
土曜日の作戦は大丈夫なのだろうか?
陽太は胸騒ぎをおぼえていた。
その陽太たちの姿が部屋から消えた。
そしてスッと現れた竹丸の部屋。
「ありゃりゃ!」
「キャ―――! アッちゃん!」
まただった。目のやり場に困るありさま。
今度はちゃんと玄関先にテレポートしたのに二人が、また動物の格好で抱き合っていた。
前野が上に乗っかっている格好だ。
完全に竹丸は誘惑の術をかけられていた。
目が恍惚の表情で、口は半開きでいやらしくよだれを垂らしている。
「キューン。キューン。キューン」
明日香はそれはもう楽しそうに
「もう、別れるって! 別居だって! ムカつくって!」
前野は両手で顔を隠して首をブンブンと降っていた。
「ちがうのー! 特訓なの! この犬が誘惑の術をかけて欲しいって言ったのぉー!」
「じゃぁ、解除してやりゃいいじゃん」
と陽太が呆れて言うと前野は竹丸の首を咥えて
「バカ! このくらいまで精神を溶かしちゃうと、一回スッキリしないと治んないんだよ!」
といって、竹丸を咥えたままベッドルームに飛び込んで扉を閉めた。
「さて、テレビでもみながら待つか」
「そーだね」
二人は、リビングに行ってテレビをつけた。
明日香は楽しそうだ。前野の狼狽ぶりが楽しくて仕方ないらしい。
こんな営みの最中に入り込まれて楽しまれては相手もたまったものではないだろう。
20分ほど経ってベッドルームから二人が出てきた。
ようやく竹丸から誘惑の術が解けたようだった。