第34話 人を超越する
今まさに時の声を上げて敵陣に向かうと言う時に陽太が
「ちょ」
三人の動きが止まる。
「ん? どした?」
「どした? じゃないよ。オレは普通の人間で、1匹も倒せません!」
竹丸も興奮が落ち着いたようで、陽太の横に立った。
「そうですよ。ヒナタさん自体が狙われてて、それを一人にするって」
「あっそう。なるほど」
明日香は納得して腕組みをし陽太を睨んだ。この役立たずといった顔だ。陽太は嫌な予感がして目をそらした。そこで竹丸から提案が出た。
「アッちゃんさんがヒナタさんに変じて、タマモさんとのチーム。ワタクシがヒナタさんを守るの2チームでどうでしょうか? できれば、アッちゃんさんに多めに受け持って頂きたいのですが」
明日香はすぐにうなずいた。
「オーケー。オーケー。それで行こうか。じゃ、繁華街にレッツゴー!」
それをまたしても陽太が慌てて止める
「ちょっと待って! ちょっと待って!」
「今度はなに!」
「そんなに急に心の準備ができないよぉ! なんで? 戦いに行くのにそんなに軽いの? オレ、死んじゃうかもしれないのに」
「だからこその奇襲じゃん!」
「そしたら、その辺に鬼の死体がゴロゴロするわけでしょ? 大騒ぎになっちゃうよ!」
策略だった。なんとかしてこの戦争に巻き込まれたくない。
「まぁ、そう言われてみれば」
前野が賛成してくれた。陽太はホッとして明日香を説得する。
「だからこそ慎重に。慎重にお願いします」
明日香の目がギラリと光る。
「じゃぁ、いつがいいの?」
「いつって、そのう」
「早くしないと奇襲の意味がなさないかもしれませんね」
竹丸が介入して来た。こちらは早期奇襲派だ。陽太は肝心の竹丸がタカ派だったので唸ってしまった。
みんなは不思議な力があるからいいが、こちらは生を受けてまだ17年。何とか自分抜きで攻め込んで欲しいと思うが、それを言うと一気に興味を失うかも知れない。
交渉も慎重を極めたい。
明日香のイライラはピークに達しているようだった。
「明日? あさって?」
竹丸もそれに続く。
「なるべく、平日でないほうがいいのですが。職責もありますし」
陽太は観念するしかなかった。
「わかった! わかった! じゃぁ、土曜日の夜でどう?」
明日香はようやくニヤリと笑った。
「決まりだな。では諸君らの軍功を期待する」
明日香がなぜかいつもの口調。少しピリピリしている感じだったが会議はまとまった。
そう決まるが早いか明日香は陽太に腰を掴むよう促されした。陽太はいやらしく笑って彼女の腰にしがみつく。
瞬間移動だ。陽太たちは部屋の中にいた。
「おー! 改めてすごいな。瞬間移動!」
だが明日香は、無言で陽太の手を腰から振り払う。怖い顔だ。あきらかに怒っている。
「おい」
「え?」
「足下は情けないと思わんのか? 自分自身の身も守れず、人に守ってもらう分際で、日にちまで指定するとは。余は身内の不甲斐なさに恥ずかしくて顔から火が出るところであったわ!」
「だってぇ」
「しょうがないとでも言いたいのであろう。自分には能力がない、力がない、頭も悪い、女にもモテない、冴えない、キモイ、不気味、オタク、クズ、ゴミ……」
「おいおいおい!」
「よいか! 足下のために力を尽くしてくれる仲間のためにも、少しは強くなれい! 土曜日までに」
「……え。どうやって。」
「グラシャラボラスよ来たれ!」
ズォォ―――ン。という騒がしいような、静まりかえった音。
アスカの指をさした場所が丸く青白く輝く!
そしてその者は徐々に姿を現し始めた。
長身で背中には黒い鷲の翼。金髪の間からは牛のような角。だが美しい天使の姿をした整った顔だち。
だがラフに黒いジャージを着ていた。
「はーい! 大閣下!」
「グラシャラボラスよ。よくぞ参った。さっそくだが、短期集中コースで、このものを鍛えてくれ」
「はは! 命に代えましても~」
軽かった。ノリが軽い。
見た目は悪魔だが、明日香やネビロスとはまた違う。
楽し気と言うか、騒がし気と言うか。
陽気なアメリカ人。そんな感じだったのだ。
陽太は何のことか分からず戸惑いを隠せない。
「え? え? え?」
アスカから喚びだされた男(?)は陽太の肩をグィっと掴んだ。
「ヒナタ。こやつは、ネビロスの配下でな。剣技は最強のフェンサーだ」
陽太にはフェンサーの意味が分からない。剣士と言う意味だ。
「ふむ。筋骨とも別に悪くない。ただ姿勢が悪い!」
そういって、背中をパンと叩く。
陽太は突然のことで背中をおさえ、背筋を伸ばした。
「そう。それでいい。ふむふむふむ」
彼はアゴに手を当ててジッと陽太の体を上から下に見下ろした。
そして、ところどころを指さしてゆく。
「ここが、曲がってる。左と右が違う。この筋が上がってる。ふんふんふん」
「あ、あの」
「大閣下から短期集中コースと言われましたからな。まずは体を変えてしまいましょう」
「え? や、やだよ! そんなの!」
陽太は人間の姿でなくなってしまうと想像したのだ。これからも生活がある。悪魔のような姿にされたらどうなってしまうのか? そういう思いだった。
「大丈夫。見た目は変わりません。少し、体の中の部品を整えるだけ」
といって、この魔人は陽太の肩を二度ほどパンパンと叩いてから前に立ち上から下にスッと指を下げた。
その途端、明日香が歓喜の声を上げる。
「ほう!」
「完璧!」
「見違えたぞ。ヒナタ。」
陽太は自分の様子を見てみるが、なにも代り映えがしない。元のままとしか思えない。
グラシャラボラスは口を大きな弓の形に曲げて笑った。
「これで、大閣下に智慧を入れていただければ神に近い人間になれますね」
「そんなことはせん。契約してないからな」
二人ともはしゃいでいるが、陽太には実感がない。
キョトンとした顔をしていた。それに明日香は小さく笑った。
明日香の手の中にはいつの間にか、金貨が5枚出現していた。
それを陽太に向けて投げつけた!




