第30話 彼女です
天狗の三峰竹丸。
彼はとってもいい先生だった。
赴任して以来、先生、生徒、保護者に関わらずあっという間に人気者になった。
授業は面白く、生徒たちと一緒に弁当を食べたり、女子や保護者の相談に乗ったり、自分と関わりがない生徒とだって部活の終わりに一緒にラーメン食べに行ったり、先生方とも仲良くなってる。
もともと犬だから群れるのが好きなのかもしれない。
陽太が竹丸と勉強の相談が終わり、二人が廊下で別々の道に別れて行くと
「あさかーわくん」
「え? ああ。イバラキ先生とホシクマ先生」
国語の茨木先生と、歴史の星隈先生だ。
こちらも竹丸同様、若くて人気がある女教師たちだった。
「三峰先生と仲いいみたいだね」
「あ、ええ。まぁ」
「ふふ。若くて頼りがいのあるいい先生だもんね。いい人いると思う?」
「さて、どうですかねぇ?」
人間には興味がないのかも知れない。それに犬だと言っていた。
「だよね~。ふふ。ゴメン。ゴメン」
と、言って二人の女教師は微笑みながら去って行った。
狙っているのか? 相手は妖怪なのだが?
遼太郎と結にはすでに竹丸の存在は伝えてある。
「へぇ。あの三峰先生がヒナタの協力者ってか、ガードマン的な人なんだ」
「まぁ、全然意味はわかんねーけどな」
「なんか、この数か月でヒナタの周りは大激変だよなぁ」
遼太郎の言う通りだ。平凡な人生が一転。
明日香が来たからなのか? それともなるべくしてなった運命なのか?
放課後。陽太はバイト先のエムドエヌドに。今日のレジ係は前野。
明日香は学校を休んでいたが、バイトではなかった。
てっきりバイトだと思っていた陽太は明日香の親友である前野に聞くことにした。
「おはよー。前野さん」
「あ、おはよー。浅川くん」
“くん”付け。普段は呼び捨てやアンタ呼ばわりしているが人前だと良い子ぶりっ子だ。陽太は苦笑した。
「アスカは?」
「今日はマンガ喫茶で一日を過ごすんだって。アっちゃん、さっきから何冊読んだってライン送って来てるよ」
「何冊読んだって?」
「五千冊だって」
「すげぇ! マンガ喫茶の本、数日で読み切っちゃうんじゃねぇか?」
それから、陽太は仕事に没頭。21時までぶっ通しだ。
その仕事が終わると、前野も丁度終わったようだった。
前野はにこやかに
「一緒に帰る?」
と言ってきたので陽太も
「そうだね」
と返し、社員出入り口を出た。するとそこには
「お待ちしてました」
竹丸だった。丁寧に深々と頭を下げてきた。
「あ、三峰先生」
「なんだよ。犬か。何しに来たの?」
「何しにって。ご主人様と彼女のお迎え」
と竹丸は当たり前です。というような顔をしていた。
陽太は前野の顔を見ると徐々に顔が赤くなってゆく。前野は顔を伏せて髪を前に垂らして顔が見えないようにした。
「止・め・て・よ・ね!? 彼女とか言うの!」
前野は怒って足をならしながら前を歩き出した。竹丸は驚いてそれを止めた。
「え? だって、ちょっと待ってくださいよ」
「ウチから見たら、全然あんたなんか子供だから」
「そーかもしれませんけど。ねぇ。タマモさぁん」
「ご主人様を守れよ! バカ!」
竹丸は、陽太のそばに寄って耳に近づいて声を小さく話しかけて来た。
「怒らせちゃいました」
「前から怒られてたような感じだけど。なに? 前野さん彼女なの?」
「ええ。一緒に暮らしてるんですけどね」
「マジか!」
すると前野はアスリートの様にドドドドと走って戻ってきた。
「雨風しのげて、布団があるからだから! 誰があんたなんかと!」
そう言って、プイと顔を背けまた陽太たちの数歩前を歩き出した。
「ですって」
「そうなんだ」
陽太は噴き出した。とても面白くなってきてしまったのだ。
動物同士で仲がいいのか悪いのか。
竹丸は、陽太と話しているようだが前野に聞こえるように声のボリュームが大きめ。
陽太は前野の背中を見つめてクッククックと笑いながら
竹丸はホントに愉快な男だった。クールだが冗談を言って笑わせたりもする。生徒の人気が高いこともうなずけた。
女教師が二人狙っていたようだったが残念。竹丸に彼女が出来た。
彼女はキツネで、彼は犬だが。
そう考えながら、陽太は口を抑えて笑いをこらえた。
そんなことを思っていると、前野の歩調が遅くなってきていつの間にか陽太たちと並んだ。
そして、陽太の左側に来た。竹丸は右側。
ちょうど、陽太を二人ではさんだ形。
陽太が不思議がっていると前からは暴力団風の黒いスーツを着た男が三人。
いかつい、四角い体だ。
陽太は視線があってトラブルにならないように視線を下に向けた。こちらが変なことしなければ危害は加えてこないだろうと思いながら。
陽太たちは三人並んで歩いた。
突然! 前野と竹丸に掴まれて繁華街の細い路地に入った。まるで父と母に遊ばれている子供のようだ。
二人は陽太を掴んだまま立ち止まり、前野はその姿勢のまま
「やりあうつもりはないよ? さっさっと通り過ぎな」
陽太が振り返ると、先ほどの暴力団風の男たちがヒッヒッヒと笑ってる。
「あのっさぁ。ウチとこの男にアンタたち叶う訳ないじゃん。さっさと消えなよ」
と前野は親指を立てて竹丸を指さした。
「当然、オレは数じゃないよね。ありがとうございます。やりあえませんので」
そう陽太が言い終わらないうちに、竹丸が腕をスッとあげると突然その姿が消えた。
「あ! クソ! 犬のヤロウ、逃げやがった! 隠れ蓑使った!」
陽太が一番狼狽した。信用している竹丸が逃げたと言うことで頭が真っ白になってしまった。
「クソ。ウチ一人じゃ足手まとい抱えたまま三人はちょっとキツイのに」
「スイマセン足手まといで。あの、前野さん。あの人たちは?」
「ああ、鬼だよ。鬼。血も涙もないっていうのはアイツらのこと。ウチのこと捕まえて風俗店ででも働かそうとか考えてんだ。ヒナタもどっかに売られるかもよ。必死で逃げること考えな!」
鬼! 陽太は驚いて固まってしまった。




