第3話 弱点で衰弱しています
次の朝。少ない睡眠と不安、そしてなにやら楽しみな気持ちで目を覚ます陽太。
辺りを見回しても明日香の姿はない。
朝の光は大丈夫なのか? と思いつつ朝食の準備を始めた。
トースターでパンを焼き、目玉焼きを作り、パンにのせる。
「ふむ。人獣の食事か」
「わ! びっくりした!」
パンにパクつこうかと思った時、横に明日香が立っていた。
「ふふ。隙間が空いていたので、ゴキブリに変じて入って来たぞ。大分安普請であるな」
「や、やめてよ。しょ、食事中なんですけど」
「だからなんだ。余は帰宅方法を示しただけだ」
「あーそーですか」
呆れた言い方をしながら陽太は食事をとる。
明日香はその姿を眺めながら
「では、余もなにかいただこう。ワインはあるかな?」
といって、手首を振るうとナプキンが出て来た。それを首に巻きつけ、陽太の向かい側のイスに腰かけた。
「そんなものないよ」
「では、足下の血でもいいぞ」
「やめてください。やめてくれ。だいたいにして悪魔も食べるのかい?」
「いや。普段は食べない。排泄もしないしな」
「やっぱり」
「しかし、興味がある。いろいろと挑戦してみたい。ん?」
「え?」
「あるではないか。ワインが」
「え! いや、それは」
明日香が手を伸ばした先には、醤油が入った瓶。
先ほど注ぎ加えたばかりだった。
それを口の上に持って来て口の中に注ぎ出した。
「ずいぶん、ユニークな形のデカンタではあるが。ゴク。ん?」
「しょう油。ですよ」
「ぎゃぁーッ!」
床に転げ回り七転八倒している。
「ちょっちょっと、大げさな」
「塩だ! 塩ではないか」
「あ、そうか。塩は魔除け? 悪魔にも効くのかぁ」
「余の魔力が消えてゆく」
「え? そんなに?」
「だめだ。少し横にならせてくれ。今日は一人で行動してくれ」
その言葉に陽太はわずかばかりにホッとした。このハチャメチャな同居人が少しは静かになりそうだ。
「あ、わかった。じゃぁ、そのベッドで寝てて」
明日香はベッドにドサリと倒れ込み、ウンウンと唸っていたが、そのうちに床を指差した。
「ネ、ネビロスよ! 来たれ!」
「え?」
ズォ〜……ン。
急に厳かな雰囲気となる。
指差した場所に青い光が渦を巻いた。
その瞬間、無音なのに騒がしくなり、地下から迫って来る恐怖を感じた。
余りのことに陽太は目をつぶってしまった。
目を開けると。青い光の跡に一人の青い顔の老いた男が立っていた。
ロマンスグレーの髪は役人のようにカチッと決められている。
貴族の服を着用し、胸には無数の勲章がぶら下げてあった。
ここで、紹介しておこう。
ネビロスとは、アスタロト大公国の公爵にして宰相という位置にいる。
武官のサルガタナスとともにアスタロトを補佐。そして世話、教育係の学者。文官。
冷静にして冷徹。悪魔帝国においては少将の位についている。
世界中の薬草や薬、鉱石に精通している。
「おお閣下。なんとも痛ましい姿に」
「ネビロス。塩だ。塩に内腑をやられた」
その老人は呆れたように深くため息をついた。
「言わんことではありません。ですから私は何度も何度も口を酸っぱくして申し上げたのです。面白半分に地上に行かぬ方が良いと。まァ通常から私の話しなど塵芥の如くと思っているのでしょう。全く以て頼ると言えばこういうときばかり」
老人はクドクドと明日香にお説教をしている。
なにもこんな時に。長々と説教しなくとも。と陽太は明日香に同情しながら二人の様子を見ていた。
明日香は息も絶え絶えだった。
ネビロスと言う老人はようやく上着のポケットに手を入れて
「さぁ、これをお噛みください。ゆっくりと。いいですね。吐き出さないように」
そう言いながら明日香の口の中に数粒の丸薬らしきものを突っ込んだ。
明日香の体にすぐに効いたようで
「あーふぅー……」
と言いながら目をパッチリと開けていた。
「数時間で元の魔力に戻るでしょう。一両日はお休みください」
その長身の青白い顔の老人は、陽太の方を向いて深々とお辞儀をした。
そして、顔を上げると
「ふむふむ。そちが人獣の子か。閣下は興味半分でそちの下におるが、知っての通り、地獄の広大な領地を持つ大領主である。ゆめゆめ間違いなどおこすではないぞ?」
鋭い眼光。陽太は物凄いプレッシャーを感じた。自分の君主である明日香に恐れもせずに説教する大悪魔だ。間違いなどおこしたらそれこそ八つ裂きにされてしまう。
「は、はい」
「では、少し御身を休ませて欲しい。儂は地獄へ帰還する」
と、明日香に体を向けて敬礼をすると、明日香もそれに対して寝ながら手を振った。
「なんですか。その雑な態度は。儂だからよろしい。ですが、他の者には」
とネビロスがいうと、明日香は大きく手を上から下に下げた。
すると、ネビロスは床に吸い込まれ消えて行った。
「うぁ。気持ち悪い。ドッと疲れた」
おそらく、ネビロスを地獄に強制送還させたのだろう。
ネビロスも大悪魔。それを魔力が失われているにも関わらず、移動させたのだから相当量の魔力が失われたと思われる。
陽太は、あのお説教なら無理も無いなぁと思いながら
「じゃ。俺は、学校に行ってきます」
陽太は明日香を部屋に置いて立ち去った。
学校に到着。睡眠不足から、机で二度寝。
まどろみながら昨日からのことを思い出していた。
明日香は、顔は可愛いが性格は男みたいで最悪だ。だいたいにして相手は悪魔で最初は男。そして激臭。恋愛対象には考えられない。いや自分には貴根を思う気持ちがある。なぜ明日香のことを思っているのか? 自分は浮気者なのかも知れない。
と考えていると遼太郎と結がやってきた。
「おっす! 昨日は面白かったなぁ~」
「そーお〜?」
そりゃ、二人はいいよなぁと思っていると、二人して
「呪文練習したの?」
「できるかよ。すぐ寝たよ」
とやっているので、陽太は迷惑そうに
「呪文ならウチにあるよ」
そう言うと遼太郎は思い出したように手を打った。
「あ! そーか。昨日、道具と一緒に渡したんだっけ」
呪文だけではない。厄介者まで背負い込んだ。
「え? なんか言った?」
「え? 聞こえた?」
「厄介者とかなんとか。ナニソレ?」
「ハァ。実は」
陽太は二人に昨晩からの非日常的な出来事を話した。
「えー! アスタロト大公がウチにいる?」
「声でか。みんな引いてるじゃん」
「やっぱ、あの書は本物だったろ? な? な?
な?」
「うん! すっごい! 遼太郎!」
なぜ遼太郎を褒めるのか? 陽太は心の中で突っ込みを入れた。
「で? どうしたの? 魂と引き換えに願った?」
「くだらないってさ」
「そーなの?」
「もっと戦争が勃きるような願いがいいんだって」
「え? 例えば?」
「神のような叡智とか、世界中の富とか、征服者とか。そーゆーの」
「さすが大悪魔だなぁ~」
「昔は女神だったらしく、姿はかわいい美少女……」
「え? え? え?」
遼太郎が食らいついて来た。
陽太は面倒くさそうに、
「最初はドラゴンに乗った男だったけどね」
「そーゆーのバラしてもいいの?」
「お忍びだって言ってたけど。もう言っちゃった。別に悪魔とかそういうのじゃないならいいだろうと思う」
「おいおい。魂取られちまわねーか?」
そう言われればそうだ。だがどうなんだろう。明日香だからそんなことをしそうだ。少し背筋に冷たいものが流れる。
「すげーなぁ。大悪魔との生活かぁ」
「友だち付き合いの話し方しろだって。自分はすっごい偉そうな話し方するけどね」
「へー。やっぱ、大公爵様だからかなぁ。会ってみたいなぁ」
「今日はねぇ、ダメみたい」
「なんで?」
「しょう油飲んで寝込んでる」
「しょう」
「ゆ?」
大爆笑の二人。
無理も無いことだ。
「なんで? なんで? ハハハハ」
「ホントに大貴族の悪魔なの? 低級みたい。あたしでも勝ちそう! ソシャゲで弱いわけだわ」
陽太は明日香を馬鹿にされたようで、ムッとした。
「何言ってんだよ。普段食事もしないのに、弱点の塩を内臓に入れちまったんだぞ? ちょっと無知なだけじゃねーか」
フーン。とした顔の二人。
「でも、ホントにアスタロトなのかなぁ?」
「そーだよ。低級悪魔に騙されてるんじゃない? そして、知らずに魂を奪われてしまうとか」
あれが低級のハズがない。陽太は二人に思い知らせてやろうと思った。
「よし。そんなに言うなら会わせてやろうじゃねーか」
「そうこなくっちゃなぁ」
「そーそ。じゃ、放課後。部活終わったら」
陽太はハッとした。二人にノセられたことを悟った。
しかし、身内をバカにされたようなそんな気がして、明日香を二人に紹介したくなったのは事実だった。