第27話 神か? 悪魔か?
その頃、犯人たちの新しい車は一般道を通っていた。
明日香は犯人に、自分の持ち金を見せていた。
「ねぇねぇ。一万円。すごい?」
「え? たかだか一万円? おねーちゃんいくつ?」
「いくつだろ。何万歳?」
そう言って考え込む明日香を見て男たちはプッと笑った。
「なんだそりゃ。悪魔みてーだな」
「悪魔かおねーちゃん」
明日香は目を真ん丸くして相当に驚いた。
「なんで知ってんの?」
「違うよアッちゃん。そういうアーティストがいるの。悪魔の格好して何万歳っていう人が」
「え? そーなの? へー! 面白い!」
明日香の無邪気な様子に男たちは笑っていた。
「悪魔のおねーちゃんの隣りの美人なおねーさんはちょっとキツメだな。キツネみてーだ」
それにも明日香はいちいち驚いて
「えーうそー! すごーい!」
「アッちゃん、イメージだよ。イメージで言ってるだけ!」
「でもすごくない? この人たち面白いね。興味がわいてきた!」
「あっそ。困ったことになりそうだ」
車の中は終始賑やかで、じょじょに山の中に入って行った。
貸し別荘地がある場所だ。
男たちはその一棟を借りていた。シーズンオフと言うこともあり他の借りている客はまばらだ。
男たちの貸別荘の周りにはひと気がなかった。
男たちは車から荷物を降ろした。
明日香や前野も家の中に入れた。
「キツネのねーちゃん、料理作れる?」
「作れるよ。何がいい?」
「肉じゃが」
「あっそ。分った」
前野はキッチンに入って料理を始めた。一人見張りがついている。
だが前野は別に気にしない。男四人くらいどうってことない。余裕だ。
明日香と男たちに付き合って普段通りに料理をするだけなのだ。
明日香は男たちと大きな部屋に入った。
男の手には白い袋が一つずつ握られている。
「何それ」
「これ? 金だよ。金」
そう言って、袋の口を開けて明日香に見せた。
明日香の動きは止まった。
「ナニコレ。何万円?」
「さぁな? 一億、二億、三億ぐらいか?」
「ぎえーーーすごーい!」
「すごいだろ!?」
「気に入ったか? おねーちゃん」
「うん。うん。気に入った」
男たちはニヤリと笑った。
「じゃぁ、ここで暮らせよ。オレたちと一緒に。アンタたちはオレたちの顔を見た。だから殺すか、一生妻として暮らすかどちらかだ。どちらかを選べよ。どこか外国に行って山の土地を買って豪邸を建てるんだ。そこでオレたちの世話をしてたまにはみんなで街に降りて豪遊する。どうだ? 楽しいぞ?」
男たちも明日香と前野をとても魅力的だと感じていた。
だからこの案が急浮上した。本来ならばここで殺してしまって埋めてしまうつもりだったのだ。
しかも、明日香のバカっぷりにすぐにでもその案に飛びつくと思っていたのだ。
「うーん。でもあたし彼氏いるからなぁ」
「はぁ? 彼氏なんてどうだって言うんだよ。三億だぜ? 三億。ひょっとしたらもっとあるかも」
「まぁいいや。帰ってから相談しようっと」
急に男たちの顔が険しくなる。
「帰る? 帰れるわけねーだろ!」
「ん?」
「自分が女だってのを思い知らせてやる!」
そう言って、二人の男が明日香の腕を押さえた。
もう一人が明日香の黒いワンピースの襟元を掴んだ。
「今からいろいろと! 教えてやるよ!」
そう言って、服を引きちぎろうとした。
が。
ちぎれない。
「あれ? 教えて、やるよ! やる! よ! ん! フン! そい!」
さっぱり裂ける様子がない明日香のワンピース。
そのうちに明日香の手を抑える二人の片方が
「お、おい。このワンピース、縫い目が無くね?」
驚いて三人で明日香の服を見ると、たしかに縫い目は愚か、服の質感は他と変わりないものの、見たことも無い素材だった。
「な、何だこれ」
「まるで体から直接服が生えているような」
そう言って男たちは袖や胸元をつかんでまくり上げようとした。
ジュウ!
「あちぃ!」
驚いて手を離して手のひらを見つめた。
煙があがっている。手のひらが真っ赤だ。
火傷をしてしまっている。手の皮が破れて血が流れ出ていた。
「どうした。どうした?」
前野を見張っていた男が異変に気付いて部屋に入って来た。
だが、仲間の二人の手は真っ赤に焼かれ、指の脇には水泡が出来ている。
一人はオドオドとして戸惑っていた。
あきらかにおかしい。
男は“銃のようなもの”を取り出して明日香に銃口を向けた。
「大人しくしろ!」
しかし、明日香は腰に手をあてて首をかしげるだけ。
「撃つぞ!」
脅されたが、平気の平左。
「かーえろ。面白かった」
そう言って、指をパチンと鳴らすと男の持っている“銃のようなもの”はバラバラになって床に落ちた。
他の男の持っている“銃のようなもの”もピン! ピン! と音を立てて壊れていく。
しかも、別荘の外からドン。ドン。という大きな音。
慌てて駐車場を見ると、四輪が外れ道に転がってゆく。
車は横倒しになってボンネットが開いてエンジンが転がりだしていた。
「ウソだろー!」
男たちはそろって外に出てゆく。
明日香がキッチンを覗くと、ちょうど前野が食事を作り終えたところだった。
「ああアッちゃん、食べる? 肉じゃが。油揚げ入り。この家の冷蔵庫何でもあるの~」
「いいね! 食べよう。食べよう」
バタバタと車を直そうと必死の男たちをよそに、二人は食事。
「うーん。タマちゃん、やっぱり料理上手~!」
「でしょ~」
そのうちに、家の中から金の入った袋がテンテンと音を立てながら転がって外に出てゆく。
外に出たと思ったら、勝手に口が開いて風に吹かれて金が空を飛んでゆく。
同じ方向に。
明日香と前野の街の銀行の方に。
男たちはまたまた慌てて空に手を伸ばしていたが、届くはずがない。
その様子を明日香と前野は大きな木の枝に座って手を叩いて笑いながら見ていた。
「はははははははははははは!」
男たちはそれの声の元を見上げて驚く。
闇夜に金がうずをまいて飛んで行く。
木の上には先ほどまで一緒にいた女たち。
男たちは力なく地面に膝をついて崩れ落ちた。
「神様だ。罰が当たったんだ」
「そうだよ。悪いことをしたからだ」
そう言って、ただただ明日香と前野を見上げるだけ。
木の上の二人はそんな男たちを見て微笑んだ。
「んふ。面白かったね~」
「でも、どうするアッちゃん?お店閉まっちゃったよ?」
「いいよ。また今度にしよう。今日は面白かった」
二人は男たちに向かってニヤリと微笑むと闇夜に姿を消して飛び上がった。
「わ! 消えた!」
「やっぱり神様だ」
「オレたちを通常の道に戻そうとしてくれてるんだ」
「自首しよう」
そう言って、四人はとぼとぼと山を降り出した。
明日香と前野は飛びながら陽太の部屋に向かっている。
楽しそうに空をクルクルと回りながら。
「アッちゃん、ヒナタが彼氏なの?」
「やだ、恥ずい。聞こえた?」
「聞こえたよ。あんなのどこがいいんだか」
「止めてよ~。ヒナタの悪口いうの」
「ああ~。ごめんごめん。でも、ホントに真面目にどこがいいの? 小心者だし、ケチだし、貧乏だし」
前野は玉の輿の経験が多いせいか、金関係に厳しい。
「それがね~。ヒナタはああ見えて“早い男”なのよ」
明日香は、最初に出会ったときに自分の炎やら稲妻やらを俊敏にかわしたことを伝えたかった。
だが、前野はやっぱり勘違いした。
「早いって。それは男のダメなところだと思うけどなぁ。まぁ、遅いよりはいいのかな。好みは人それぞれだねぇ」
そう言って、闇夜の散歩を楽しんだのだった。




