第26話 凶悪な街
明日香と前野は通りを楽しそうに歩いていた。
今から大型ショッピングモールに行って、明日香の服や服飾アイテムを見るという算段だ。
明日香も友人の前野と一緒にいるのが楽しく終始にこやか。
手には扇のように千円十枚を広げていた。
「いっちまんえーん! いっちまんえーん! すごいね。あたし大金持ちだよ〜。タマちゃん、一万円もったことある?」
「そりゃー。あるよねぇ」
「まるで世界中の富があたしのところに集まったみたーい!」
「お年玉もらった小学生みたい」
はしゃぐ明日香。呆れる前野。
だが、その二人の前に怪しいスクーターがこちらに向かって走っていた。
それは歩道に乗り上げ明日香に向かって突進して来る。
前野はすぐさまバッグを抱えて守ったが、明日香の大事な一万円はそのスクーターの男に奪われてしまった。
「あれ?」
「アッちゃん! 盗まれたんだよ!」
「ありゃま!」
二人が振り返ってみるとスクーターはすでに50メートルほど離れていた。
が、なぜかスクーターは空中分解し、運転した男はスピードがついたまま道路に投げ出された。
その空に浮かんでいた部品一つ一つが空中で燃えて、溶けた金属が男の上に降り注いでいた。
「うわ! あっちい!」
男は身体中をすりむいた上にそこらじゅうに火傷。
なんとか着ていた革ジャンが良かったのか、転げ回ったのが良かったのか、溶けた金属をその身に受けても大事にはいたらなかったようだ。
だが痛くて痛くて逃げようとしても逃げられない。
そこに明日香がたどり着いて、男の手から一万円を奪い返した。
「この、大泥棒! この大事なお金は渡さないよ!」
しかし、男はそれどころじゃない。
「す、すいません。出来れば救急車を。骨、折れてるかも」
「ばーか。甘えんじゃないよ」
と、前野は男のヘルメットを叩き、叩いたついでに貼り紙をした。
“この人、ひったくりです。余罪を調べて下さい。”
男は驚いて紙を引きはがそうとした。
「わ! なんだ! この紙はがれねぇ!」
「今、警察来るから、自分で自供するんだよ!」
前野がそういうと、パトカーのサイレンの音が鳴り響き、数台が男を囲んだ。
そこにはすでに明日香と前野の姿はなかった。
そこから少し離れた場所に二人は笑いながら歩いていた。
「タマちゃんありがと〜」
「まーね。まーね。でもアッちゃんの空中分解もすごいよ」
「それを燃やしちゃうなんて、ビックリした〜」
「ああん! 目立ちたくないのに〜。でも大丈夫かな?」
どうやらスクーターを破壊したのは二人の魔法のようだった。
明日香が手も触れずにバラバラに解体し、前野がその部品を燃やしてしまう。
普段は愛らしい女性を装っているが、なんとも恐ろしい力を持っている。
話しながら歩くと時間を感じさせない。
ショッピングモールが見えて来た、その時。
近くの銀行から覆面をかぶり、“銃のようなもの”をもった4人の男たちが飛び出して来た。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
銀行強盗だ!
男たちは急いで銀行前に停めていたワゴン車に乗ろうとした。
だが、男たちの進行方向には明日香と前野がいた。
一人の男が明日香を突き飛ばした。
が、吹っ飛んでいたのは男の方だった。
「な、なんだこの女」
転んだ拍子に覆面がはがれてしまっていた。
急いでそれをかぶりなおす。
「顔を見られた!」
「なに!?」
「じゃ、女を連れて行け!」
と、明日香と前野を連れて行こうとしている。
「どうする? タマちゃん」
「ウチ、あんまり目立ちたくないんだよね~」
「ああ、そう。じゃぁ、ここでは派手なことをやらずに、静かなところでやろうか」
「うん。そーだね」
そう言いながら、自らワゴン車の後部座席に乗り込んだ。
キョトンとしている強盗たち。
だが、そうしているわけにもいかない。
今は一秒でも争う時だ。
男たちも明日香たちに続いてワゴン車に乗り込んだ。
車は急発進した!
後ろにはけたたましいサイレンの音だ。
「おー! すごーい! 行け行け~!」
「早くしろー! 追い付かれるぞー!」
「うるせぇな! この女!」
パトカー数台。後ろから。横から。
前の車線にもいる。
空にはヘリコプターの音。
「くそ! 次のポイントに車を止めてたのに!」
「もう、無理なのかよ」
銀行強盗、万事休すだ。
「ふーん。もう逮捕されるのか~」
「でもウチ、目立ちたくないのよね~。テレビとか無理無理」
「ああ、そう。じゃぁ逃げちゃおうか?」
「そーだねー」
と、後ろで話している二人に
「な、なに言ってんだ。アンタらを人質にして逃げるに決まってるだろ!」
と強盗が凄んだところで、パトカーの音が遠くなった。
先ほどの道じゃない。別の道にいたのだ。
しかも、逃げるために車を乗り換えるポイントのすぐ近くだった。
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
四人が合わせて驚く。
「な、なんだ? いつの間に」
明日香の力で瞬間移動したのだ。だが男たちは訳が分からない。しかし、一刻の猶予もない。すぐさま明日香たちの腕を引いて、別の車に乗らなくてはならない。
「ウチたちもういい? 買い物の途中なんだけど」
「そういうわけに行くか! 顔を見られてるのに!」
「どうする? アッちゃん」
「面白そーじゃん。ついて行こー」
そう言ってキャッキャと、はしゃぎながら楽しそうに別の車に乗り込んだ。
「な、なんなんだ。この女。全然ビビらねぇ!」
「これが、今ドキってやつか」
「なんでもいい! 急ぐぞ!」
今までのワゴン車は乗り捨て、新しい車で発進した。
警察は突然消えてしまった犯人たちに困惑していた。
とりあえず、車を探そうと躍起になった。
そして、路地裏の空き地付近に停まっている車を発見。
しかし、そこで犯人の足取りはつかめなくなってしまった。
乗り捨てられた車の調査、周りの聞き込みを開始したが、結果は芳しくなかった。




