第23話 ゴーレム
陽太たちは屋上の扉の前にイスやら机やらを置いてバリケードを作った。
だが、みんな、疲れてぐったりとして座り込んでしまった。
リーダーを二人も失ってしまったことに生きる可能性がずいぶん減ってしまったと感じた。
人はみな、リーダーを欲していることが改めて分かった。
その人が指さす方向に進むということがなんて楽なことであろう。
嫌だったらブーブー苦情を言うのは簡単だ。
言われるのが嫌なものはリーダーになろうとしない。
そういう者はリーダーを失われたときに初めてわかるだろう。
いかにリーダーの仕事が重要かということを。
生き残りは、陽太、遼太郎、結の他、二十数名。
希望を失って膝を抱えて黙り込んでしまっていた。
みんなそれぞれ、信頼するグループに固まっていた。
先生の周りに人が多く集まっている。
陽太を含めた三人は入り口から離れた屋上の隅に座り込んでいた。しゃがんで固まり、何も話さない。陽太と遼太郎は下を向いていた。顔を上げる気力がない。結は呆けたように夜空を見ていた。
静寂だ。
だが、階下ではうごめく音が聞こえる。「あー、あー」「うぉー、うぉー」と言った声も。陽太たちは諦めに近い感情が起こり始めていた。
その三人の前にいつの間にか明日香が立っていた。
「ふふん。無事だったか」
陽太が顔を上げると、明日香が胸の下で腕組みをしながら見下ろしていた。
「帰るぞ。さっさと余とタマちゃんに晩餐を作れ」
その言葉に陽太はブルブルと怒りで震えた。
「何言ってんだよ! 何言ってんだ! こんな状況でよくそんなことが言えるな!」
「そんな状況とはどんな状況だ」
「アスカはゾンビなんていないって言ったじゃないか! どうなんだよ! この状況は! ニュース見てみたらあっという間に日本中に広がってる! これじゃ一年もすれば世界は終わりだよ!」
「はっはっはっは。何を言っている」
「え?」
「一年もかかるまい。もって一か月だ」
陽太たちは完全に絶望した。
「ホントに人獣というものは浅ましいものだ。たった少しのきっかけで集団催眠の集団ヒステリー。大パニックだ。人獣を滅ぼすものは人獣。まさにその通りだ」
「え?」
「どうした」
「集団催眠?」
「そうだ。みんないたって健康体。自分がゾンビだと思い込んでいるだけだ。噛んだフリ。噛まれたフリ。感染させたフリ。感染したフリ。見事な演技。全て役者だ!」
「ホントに?」
「ウソなどついてどうする? おそらく、術者は昨日の映画を利用したのであろう。人獣の心理にまだ新しいゾンビの記憶。そこにつけこんだ」
「そうなのかな? オレは宮川先生が復活してこんな風になったんだと思ってたけど」
「なに? あの死神がか?」
「うん」
「面白い。ひとつその復活したと言う死神を見に行こうではないか」
「どうやって?」
「うむ。余の腰をつかめ」
「え? あ? は、はい」
陽太は明日香の腰に手を回し、背中に顔を押し付けた。
女性の肌なぞに触れたことがない。その柔らかさに興奮した。
明日香と出会えたことで余裕ができたのであろう。
恐怖よりも明日香の肌の感触を楽しんでいた。
そんなことは気にせずに明日香は目を閉じている。
その目が開いたとき
「ほう。見つけた。あれか?」
そういうと、陽太と明日香の姿は屋上からなかった。
そして、目の前には教師宮川。
「わ! わー!」
陽太は明日香の腰から離れて逃げようとしたが、足が絡まってもがくことしかできなかった。
だが明日香は大笑した。どうせ自分の狼狽するところを笑っているんだろうと思って陽太が振り返ると
「はっはっはっは! そら、見ろ。これはあの死神ではない」
ものすごい形相で明日香の白い首を目掛けて襲いかかって来る宮川だが、明日香と陽太の周りには見えない一枚の壁があるようだった。
宮川は、宮川だったものは先には進んで来れない。
陽太は見えない一枚の壁にようやく落ち着いて
「見ろって、どこを?」
明日香は深いため息をついた。
「足下はなにを勉強しておるのだ。無学にもほどがあるであろう。彼奴の額に“אמת”と書いてあろうが!」
意味が分からなかった。
「なんですって?」
「“אמת”。ヘブライ語で真理の文字だ。土塊の傀儡だよ。ゴーレムといえば分かるか? 操り人形だ」
「え? ゴーレム? 土で出来た人形? こんな人間の血色をしてるのに?」
明日香が指でシュッと空中をなぞると、額の一字が消え宮川はたちまち土となって崩れ落ちた。
「“מת”。塵だ。宮川の人形を作り、人獣どもの目を恐怖で引きつける。それがゾンビの真似事をすることによってギャラリーは催眠状態となる。失踪状態の宮川は丁度いい素材だった。何者かに利用されたのであろう。これで問題解決だ」
「え? だって、まだ周りにゾンビがウヨウヨいるのに?」
「余には関係ない」
そう言って、陽太の襟首をつかんだ。
次の瞬間、陽太と明日香の体は陽太の部屋に移動していた。
「え?」
「タマちゃん、ただいま~」
「あれ? ヒナタ、無事だったんだ。めでたしめでたし」
「いや、全然めでたくないし。なんで二人ともそんなに興味ないの?」
「え? だって」
「うん。普通、別の生き物の生き死にに興味ないでしょ? あるの? ヒナタは」
そう言われてみればそうだ。肉も魚も食べる。虫も平気で手づかみで捕まえる。二人にすればそんな感覚なのかもしれない。
「でも、どうするの? アッちゃん」
「どうしようかなぁ? 地獄に帰ろうかな? タマちゃんも一緒にくる? 私たちと」
私たち。陽太も数に入っていた。
「え~? まだいいかなぁ~。万歳に挑戦したいんだよね~。昔、お妃様だった頃に言われた」
今いくつ? と言うより、いったい何歳まで生きるつもりなのか。陽太は無邪気な二人にただ呆れるばかり。
「だよね~。まぁ、このままここで暮らしてもいいし」
「ヒナタは生きて行けないと思うよ?」
「そう?そしたら魔法かけちゃう」
クルクルと楽しげに指を回す明日香を見ながら思った。
この状況をなんとかできるのは、ここにいる二人だけだ。
陽太は必死に二人を説得しようとした。
「あのさぁ。人間が死んだら、テレビも見れないし、電気もこない、水もでない、油揚げだって作れないよ?」
「そっか」
「ふーん」
「あ、明日香だってあのマンガの続きだって読めないし」
「え!!?」
大変驚いてる。
陽太はそこら辺で攻めてみることにした。




