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第22話 生贄の山羊

陽太の部屋に到着した二人。

すでに夕方になっていた。

明日香が時計を見るとバイトのシフトの時間だった。


「ああ、もうすぐバイトじゃん。タマちゃん、行こ。行こー」

「あれ? アッちゃん。ホントになんか変だよ?」


前野が部屋から窓の外を指差す。


外はシーンとしているが、ゾンビらしきものがゆらゆらと歩いている。よく聞くと「あー、あー」と静かな声を上げていた。


「そう? 全然変じゃないけど」


「だって、死体が動いてるじゃん」

「え? 死体?」


明日香が見ると、ただの人間がフラフラしてるようにしか見えない。


「死んでないよ? 強い催眠状態ではあるけど」

「え? 催眠状態?? そうなの?」


「そうだよ。さ、バイト行こう!」


前野は背中を向けようとする明日香の手を握った。


「ん?」


「ダメだよ。バイトなんてしてる時じゃない。これを解決できるのアッちゃんしかいないじゃん」

「えー? ……興味ない」


そんな様子の明日香に前野は笑った。


「プッ! そりゃーアッちゃんらしいけど。ウチには死体に見えるけど、アッちゃんにはちゃんと正体が見えるんでしょ?」


窓の外では、この灯りのついたアパートの元へゾンビらしきものがどんどんと増えて行く。


「ホントに催眠状態なの? ウチにはゾンビに見えるけど」

「うん。操られてるだけ。噛んだフリ。噛まれたフリしてお互いに感染してるって思い込んでるだけだよ」


「誰が? 何のために?」

「さぁ? 別にどうでもよくない?」


「でも、どんどん広がっちゃうよ? いいの?」

「いいもなにも。人間がどうなっても知ったこっちゃないよ。これで絶滅するならそうなんじゃない? そしたら、タマちゃんの眷属で地球支配したら? うんうん。それがいいよ!」


「え? ウソ。うれしー! って、喜んでる場合じゃないよ。ウチだって滅びちゃうかもしれないし。あんな強力な催眠状態に勝てないよ」

「そうかな? タマちゃんの誘惑の術なら正気に戻るかもしれないよ? やってみたら?」


前野は窓の外から、男のゾンビに向かって誘惑の術をかけた。


「うーん。頭の中が空っぽで雑念が無さすぎ。どうにもかけ辛い」


しかし、根気よくやっていると、誘惑の術をかけられた男はフラツキが徐々に収まりピタリと立ち止まって辺りをキョロキョロを見渡した。


「あれ? お、女の子は? どこ?」


と、正気に戻ったようだった。明日香は手を叩いて喜んだ。


「やったじゃん!」

「うん! ウチの勝ちだね。あ~。でもドッと疲れた」


ゾンビだった男は、前野に誘惑の術をかけられエロい心で正気を取り戻したようだった。

しかし、すぐに別のゾンビが集まってきた。


「あー、あー!」

「うぁ! やめろ! うぁ! うぁぁあああー!」


男は噛まれてまたゾンビ化。

彼は本日二度目のゾンビである。


「あん! もぉ!」

「面白いねぇ。もっと広い所で一気にやってみたらどうだろ?」


「も~。アッちゃん。遊びじゃないよ! 疲れるんだから!」

「んふふ。まぁいっか。さ、ヒナタ早く帰ってこないかなぁ? 油揚げ食べさせたいのに」


と、油揚げが入った袋を両手で持ちながら部屋の中をウロウロとした。


「え? アッちゃん。ヒナタがこんな状態で戻って来れるわけないでしょ? ゾンビ化してるかもしれないよ?」


「ぬ! 何!? いかん!」


明日香の柳眉が吊り上がり、大変に慌ててスッと消えた。消えた場所に油揚げの入った袋がトサリと落ちる。それを見て一人残された前野はクスリと笑った。


「んふ。地がでるぐらい慌ててる」


しかし、また明日香がフッと現れた。


「ん? どした?」


「ハァ、ハァ、ハァ。タマちゃん、留守番よろしく。戸締まりちゃんとしてれば大丈夫だと思うから」

「あっそう。オーケー。いってらっしゃい」


明日香はまた、スッと消えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



陽太の学校。


最初は防火扉の前に机やイスのバリケードを作り防衛線を張っていた。そこに、「あー、あー」と声を上げながらゾンビが体当たりをしていた。無数のゾンビが外にいることが感じられていた。


それを興味半分、面白半分でそれをあけてしまったものがいたために、すでに二階にもゾンビ化したものがあふれていた。

逃げ遅れた者はみな犠牲になり、現在無事なものは50名ほど。その者たちの動ける範囲は三階と屋上のみになっていた。


みんなスマホでニュースを見ている。

アナウンサーが現在の状況を知らせていた。


「原因不明の凶暴化し徘徊する病気にかかっている地域は、○○県のご覧の市町村、□□県のご覧の市町村、△△県のご覧の市町村……。政府が原因を究明するまで決して外に出ないで下さい」


「ひでぇ。母さんや、父さんはどうしてるかなぁ」

「くそう。助けはまだこないのかよ」


そんな中、昴はみんなを励まして歩いて回っていた。


「ヒナタくん。遼太郎くん。屋上に机なんかでSOSのメッセージを書いてこよう。さぁ、まだ元気な男子諸君は手伝ってくれ!」


昴に声をかけられた男たちは、三階の教室から机を運び出し、屋上にSOSの文字を書いた。

大変な作業だった。


全員すごい緊張だ。

緊迫している。


陽太もたった一人の肉親である母親の心配をしていた。


そんな男子がいなくなった三階で、一人の女子が体育座りでブルブルと震えていた。


「もうやだ! もう! こんなの耐えられない! ウチ、家に帰る!」

「ちょ!」


緊張に耐えきれなくなった一人の女子が三階の防火扉を開けた。


……開けてしまった。


「キャーーー!!」


男子たちは屋上にいた。

なだれ込んで来る3階にいた女子達。


「どうしたんだ!?」


昴が尋ねると、息を切らしながら貴根が答えた。


「誰かが、防火扉を開けてしまって」


「なん……で……」


昴はその場に膝をついた。続々と屋上に入って来る生き残り達。それぞれが昴に報告する。


「スバルくん。3階はもうダメだ」

「せ、先生達は?」


「一番奥の教室でバリケードを作るって言ってたから。逃げ後れてしまって」


それを聞いて、昴は動揺した。

貴根は昴の腕にしがみついた。


「スバルくん。もうダメだ。今来ていない人は諦めるしかない。緊急避難だよ」


彼女は彼の性格をよく知っている。昴は駆け出して助けに行ってしまうかもしれない。

貴根は彼のそんな自己犠牲を止めたかったのかもしれない。

きつくその腕に抱きついた。


昴の足はブルブルと震えていた。


「ふー。ふー。ふー」


呼吸を整え、近くにあったパイプイスを持った。

そして、貴根の腕を振りほどき、声を上げた。


「みんな聞いてくれ! 今から残った人を助けに行く! 人が来たらドアを開けて迎え入れてくれ!」

「ちょっと! スバルくんはどうするの?」


「大丈夫さ。戻る。100%戻るよ」


「スバル!」

「ハナ」


「うん」


二人は互いの名前を敬称なしで呼び合った。


「……。いや、時間がない。戻ってきたら話すよ」


そういうと、昴は扉を開けて走って行っていった。


ダダダダダダと階段を駆け下りる音が聞こえた。

パインとパイプイスで叩く音が聞こえた。


しばらくすると、数人の駆けて来る音。

扉を開けて入ってきたのは先生が五人。


救出に成功したんだ!


みんな、歓声を上げて迎え入れた。


「ハァ! ハァ! ハァ!」


しかし、肝心の男の姿がない。


「先生。スバルくんは?」


「ん? あれ? オレの後ろを走っていたと思ったけど」

「まさか!」


「そ、そんな」


「……ダメかもしれない。結構いるから」

「先生! 助けて下さい!」


貴根は、男の先生達にすがったが、みんな下を向いてしまったままだった。

貴根は、愕然とした顔をしていたが、その手にパイプイスを握った。


陽太と遼太郎は、貴根を止めた。


「ダメだよ。タカネさん。今は自分が生きることを考えなきゃ」

「そうだよ。少しでも生き延びることを考えるんだ」


「でも、でも」


「スバルくんの、オレたちを生かしてくれた気持ちを考えなよ!」


そう説得した。彼女は


「うるさい!」


と真っ赤な顔をして叫んだ。


「スバルはきっと生きてる! ちゃんとどこかに隠れてるよ! あたし、助けに行って来る!」


そう言って、彼女は扉を開けて行ってしまった。

ものの数秒だった。


「キャーーー!」


陽太たちは扉に耳をあてて、その断末魔を聞いていた。

なにも出来なかった。

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