第19話 大混乱
二人が出て行った後、陽太は制服に着替えて学校へ向かった。
途中、遼太郎と結と合流して一緒に登校する。
「オース! あれ? アスカさんは?」
「今日は休み。友だちと油揚げ食べに行くって」
「たは。なんだそりゃ。お相手は化けキツネかなんか?」
「勘が鋭いな。その通りだよ」
「え? マジ? すげぇ! 今度紹介して!」
「バカ。すげぇ術使われるぞ?」
陽太は誘惑の術を説明した。
前野の物凄いレベルの誘惑の術。
甘いピンク色のチョコレートを浴びせられたような。
意識や自我すら失いかけるあの技。
「マジか。使われてみてぇ~」
「そんな、ユイの前で」
陽太は冷ややかな目を二人に向けた。
二人は涼やかな顔で陽太を見返した。
「仲が良いですね。お二人さん」
「そう? 普通ですよ? 普通」
「何か、オレに隠し事あるだろ?」
「い!?」
「なにが“い!?”だよ。ホントに」
明らかに二人は狼狽した。だが二人の驚きなど放っておいて、目を前に向けると、そこには貴根と昴だ。
お似合いのカップル。
「ホント、美男美女だよな」
遼太郎はごまかすように陽太の肩に手を置いてそう言った。
「ごまかすなよ。オマエとユイって」
そういいながら目は貴根を見ている陽太。
その視線の先にいる貴根は微笑みながら、昴の目の前でいたずらっぽい笑顔を浮かべてトンボを捕るように指をクリクリと回した。
昴はそれに笑顔で答える。
やっぱり付き合ってんだろうな。この脇の二人が付き合ってるのだって知らなかったし。陽太はそう思いながらギロリと二人を睨んだ。
「スマン。付き合ってる」
「やっぱり。別に言ってくれていいのに」
「それよりどうなんだよ。アスカさんとは」
「はぁ? なんでだよ。相手は悪魔なのに」
「あんな美人いねーだろ」
「だからなんだよ。人間じゃねーだろ。どうにもなんねーよ」
遼太郎に言われて陽太は考えた。たしかに明日香はカワイイ。頼りになる。いつも一緒にいてくれる。人間だったらこんなに嬉しいことはない。だが姿は美少女でも大悪魔。それに自分が好きなのは貴根だ。遼太郎だって貴根のことを思ってるの知っているハズなのに。
そう思ってると結が
「ねぇ。昨日のゾンビのやつ見た?」
「見た。見た。あんなの防ぎようねぇよなぁ。2が楽しみだな。人類がどうなるか」
という二人の会話を聞いた陽太。自分は毛布を頭までかけて震えて寝たので見ていない。
あれは完結しなかったんだ。見なくて良かった。陽太がそう思っていると、前の生徒たちがざわついている。
結がそのみんなの視線の先を指さした。
「あれ?」
「どした?」
「あれって、宮川先生じゃない?」
「ほ、ほんとだ。オイ。ヒナタ。オマエ、死神はやっつけたっていってなかった? 宮川先生失踪したことになってるのに」
本当だった。
昇降口のところに、教師宮川がうなだれて両手をたらし、さながらゾンビのようにヨタヨタと動いている。
「え? 消滅したはずなのに」
陽太たちが立ち止まっていると、前にいた貴根と昴が下がってきて話しかけてきた。
「ちょっと。宮川先生の様子がおかしいと思わない?」
初めて貴根に話しかけられ、陽太の胸は高鳴った。真っ赤な顔をしていたが質問されている。その眩しい貴根の顔を直視した。
「なんか、昨日映画でやってたゾンビみたいだよね? あんなキャラじゃなかったはずなのに」
「う、うん。そうだね」
陽太たち5人は、教師宮川をただ見つめていた。
彼女を避けるように昇降口に入って行く生徒たち。
宮川の様子がおかしいと分かったのか、体育の先生が近づいて話しかけていた。
しかし、宮川はその体育教師に『ハァッ!』と襲い掛かり、首筋にガブリと噛み付いた!
どっさりと倒れる体育教師。
その首筋からはトクトクと赤い血があふれだす。
体育教師は足をしばらくばたつかせてもがいていたが、口からゴブリっと血を吐き出すと全く動かなくなった。
「キャーーー!!」
女生徒の絹を裂くような声!
その場は騒然となった!
急いで校舎に入るもの。
踵を返して家に逃げ帰るもの。
震えて立ち尽くしてしまうもの。
そんな中、生徒会長の昴は生徒たちに向かって声を張り上げた。
「急いで校舎に入るんだ! さぁ! みんな急げ!」
「急いで! 急いで!」
生徒会会長の昴。副会長の貴根。
やはり人を引っ張る力があり、危機に備えた能力が深い。
体育教師に張り付いて動かない教師宮川を避けさせ、他の生徒達を導いて行く。
陽太たちもそれについて行った。
昴は、昇降口の鍵を閉めた。
貴根は、昴から指示を受け放送室に行って放送を始めた。
「生徒会より緊急の連絡です。今、校舎の外に出るのは大変危険です。まだ、登校していない生徒は家に帰って戸締まりをしてください。生徒会役員、並びに部活動の部長は急いで南側の昇降口に集まって下さい。繰り返します。生徒会より、緊急の連絡です……」
昇降口へ集合の呼びかけに陽太と遼太郎も手助けしようと思い、先ほどの昇降口に戻っていった。集まったのは10名ほどの運動部部長。そして、陽太と遼太郎、結。
「これだけか」
昴がそうつぶやくと、貴根が外を指さす。
「みんな。見て」
貴根の指差した方向には、教師宮川がヨタついていた。
しかも、体育教師も起き上がって他の生徒に噛み付いていた。
第二、第三の犠牲者だ。
しかも、どんどんと増えてしまう。
明日香の話ではゾンビはいないはず。しかし、陽太の目の前にはまさにゾンビらしきものたちが、『あー、あー』と声のようなものを出しながら徘徊していた。
まるで昨日のゾンビ映画のように。




