第187話 破壊の大天使
陽太とラファエルはたくさんの鰯雲の一つの中に身を隠したまま、息を潜めた。
ベリアルはあちこちに飛び回って二人を探す。その間に二人は雲の中で小さな声で相談した。
「ら、ラファエル。俺は前に、君が作った異界から友人たちを逃がした覚えがある。ベリアルが作ったこの異界から俺たちが逃げる方法はないのかい?」
「それは難しいな。巨大な力を持っている」
「なぜ? キミだって力を持ってるだろう?」
「ああ違いない。だが段違いだ。父なる神はベリアルを天使として創造した時、破壊を司るよう多大なる力をお与えになった。それが反乱を起こしたとき、鎮圧はしたものの被害は甚大だったのだ。だからその後に創造した天使の力は反乱を恐れて一段落としたのだ」
「え? キミはベリアルより後に創造されたのかい?」
「そうだ。ベリアルは一番最初の天使。つまり全ての天使がベリアルより後に創造されたのだ。だからうかつに手を出せない」
ベリアルは元々、破壊の大天使だったのだ。それが天界から追放され悪魔の王となっていた。
ラファエルにはそれに対抗する手段は現段階ではなかったのだ。
二人が声を潜めて相談する中、ベリアルは怒気を放ちながら叫ぶ。
「畜生! あやつらの体を引きちぎってやらねば気が収まらん!」
まるで蜂の羽音のようにブーンブーンと音を立てている。これは恐怖を増大させているのだ。悪魔は人を恐れさす方法は熟知しているのだろう。陽太は先ほどから極度の緊張。精神力が尽きそうだ。
「あ、そうだ。いい方法がある」
そう言ったのはベリアルだった。陽太とラファエルは身を寄せあって震えていた。
すると回りの赤黒い異界が消え去った。ベリアルが解除したようだ。驚いてベリアルを見ると、手には輝く魔力の光弾があった。
「おーい。アスタロトの偽者、聞こえるか? 今出てこれば許してやるが、三つ数える内に出てこないと、これで人間の都市を破壊する。いいな?」
陽太とラファエルは戦慄した表情で見つめ合う。ベリアルは叫ぶ。
「ひとーーつ!」
陽太には声がでない。出れば殺される。出なければたくさんの人が死ぬ。出なければ、出なければ……、出なければ──。
「ふたーーーーつ!!」
ベリアルは出なければ、もっとたくさんの都市を攻撃するだろう。どうにもできないのに悔しい。
こんな恐ろしいものになぶり殺されるなんて……。
陽太はラファエルから身を放して鰯雲から進み出る。だが恐ろしくてベリアルに顔を向けられなかった。
ベリアルは気付いたようで光弾を引っ込めながら声を上げた。
「お。出てきたな小僧。さあちこうよれ」
しかし体が動かない。近くに行けば殺されるのが分かっていて近付けるはずがない。
ベリアルは笑った。
「そうか恐ろしいか」
陽太は黙って頷いた。汗が海に落ちる。その僅かな頷きに汗が落ちるほど、大量に冷や汗をかいていたのだ。
「まあ少し苦しめてやろう」
そう言ってベリアルは、人差し指を立てて横にスライドさせる。
すると陽太の腹部がキレて内臓がこぼれだした。陽太は泣きながら慌ててそれを落ちないように手で押える。
敵わない力。子供が虫の足を引きちぎって遊ぶような無邪気さ。逃げたくても逃げられない。陽太は泣くしか出来なかった。
「ぬ!?」
ベリアルは驚きの声をあげる。陽太も気付いた。自分の腹に痛みがない。
みると溢れた内臓が体内に戻り、傷もすっかり塞がっていく。
埋められたアスタロトの心臓は陽太を決して殺さないのだ。
ラファエルは雲の中で声を漏らす。
「これは一体?」
ベリアルは陽太の体の秘密に気付いたようだった。
「そうか貴様、アスタロトの心臓が埋められているといったな。それの助けだな? ふふん。そんなもの、心臓をくりぬいてしまえばわけないことよ!!」
そう言うが早いか、先ほどの人差し指を素早く上へと振り上げる。まるで陽太の体をスプーンでしゃくるように。
すると陽太の胸から、血にまみれた赤い心臓が飛び出して空中に舞い上がった。
一瞬のことで陽太もラファエルも声が出ない。ベリアルのみ一人笑っていた。
「ほほう。これがアスタロトの心臓。なるほど巨大な力を感じるわい。こんなものは握り潰してしまうほうがいいな。よし。そうしよう」
ベリアルが陽太の心臓に手を伸ばすと、心臓はベリアルのほうへと向かって行った。




