第177話 悪魔払い完了
次の瞬間の二人の目の前には青い海。白い砂浜に透明度が高い波が押し寄せる。太陽が照りつけ、爽やかな風が通り過ぎて行く。アビゲイルには今の状況がよく分からず、目が点になっていた。その様子を見て陽太は微笑む。
「ここがハワイさ」
「え?」
「オレもはじめて来た。いいところだね」
「ホントだ!」
しばらく二人でその風景を眺めていたが、陽太はまた彼女の手をとる。
彼女は陽太を赤い顔をして見つめると、陽太はいたずらっぽく笑った。
「さぁ、続きまして~」
また二人の姿が消える。次に現れたのは万里の長城。観光ガイドによく見られる写真の場所。陽太の憧れの場所でもあったが、彼は自分の両肘を抱いて身を縮めた。
「寒! こ、こんなに寒いんだ。舐めてた……」
「ホントだ! でも、すごい!」
「ね? ね? すごいでしょ!?」
そして、またアビゲイルの手を取る。三度目の瞬間旅行だろうとアビゲイルも胸を高鳴らせる。そして、この不思議な力を持つ陽太を熱い眼差しで眺めていた。陽太はアビゲイルの手を強く握り叫んだ。
「そしてぇ~!」
万里の長城から消えた二人。パッと次に現れたのは、彼女の部屋。
「え?」
アビゲイルのすっとんきょうな声に、陽太は恥ずかし気に答える。
「……ゴメン。オレ、世界の観光地よく知らないんだ」
「プッ!」
「あは」
「でもすごい! 不思議な力」
「生きてれば、まともなら。きっといいことあるし、いろんなところにも行ける。人生って不思議なんだよ? オレなんて、今じゃ地獄の公爵さ」
「ええ!?」
「でも、楽しい。毎日が楽しいんだ。君にだってそれはあるよ。悪魔にさえならなきゃね」
「そーだね」
「そーだよ」
「あの……」
「え?」
「あなたの名前は?」
「浅川ヒナタ」
「へー。全然悪魔っぽくない」
「そりゃそーだよ。ちゃんとした日本国籍を持っております」
「すごい」
悪魔払いは終った。普通に戻ったアビゲイルに陽太は微笑みかける。アビゲイルは陽太を別な目で見ていた。今まで出会ったどんな夫よりも、男よりも、人間よりも素敵な人だと。ほんの一時間も一緒にいなかったのに心を完全に持って行かれてしまっていたのだ。
だが陽太は仕事が終わったとドアノブに手をかけて彼女に暇乞いをした。
「ありがとう。じゃ、元気で!」
「うん!」
陽太はドアを開けた。そこには魔女ジョアが驚いた顔をしている。ジョアの目線からだと、開けられたドアの陽太の後ろではアビゲイルがうれしそうに微笑んでいた。
しかし、先ほどの咆哮は一体なんだったんだろう。
「す、すごい声が聞こえたけど?」
「まぁ、そうでしょうね」
「何したの?」
「ホントの大悪魔を喚び出してみせたんですよ。はは。さぁ、帰りましょう!」
「え、ええ……」
ジョアは腑に落ちない。陽太は後ろ手でアビゲイルの部屋のドアを閉める。そこをジョアはもう一度開けて中をのぞいてみると、アビゲイルは晴れ晴れとした顔をしていた。そしてジョアに微笑みかけ手を振る。
これは陽太の力で悪魔払いが完了したのだと感じた。ジョアは陽太の不思議な力が人の役に立ったことに驚きと嬉しさを感じたのであった。




